事例 複雑な僧帽弁形成術

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31_2患者さんは58歳男性。

僧帽弁前尖・後尖の逸脱と前尖の瘤化による僧帽弁閉鎖不全症に対して僧帽弁形成術を施行しました。

Barlow病(バーロー病またはバーロー症候群)つまり組織が弱く弁全体が伸びて変化する病気に近い状態でした。

 1.

体外循環下に左房を右側から切開して僧帽弁にアプローチしました。

僧帽弁をしっかりと見ることのできる術野を出すことが良い手術を行う第一段階となります。

前尖(弁の一部)の腱索が切れ、その断端が見えています。311_11

 

さらに長期間の逆流による二次的変化も加わったためか、前尖は伸びきって瘤のようになり、後尖も腱索の伸展を合併して逸脱しています。

弁葉(リーフレットと呼びます)は柔らかさが十分保たれているため、僧帽弁形成術の適応と判断しました。

複雑弁形成ではありますが、患者さんの強いご希望もあって、弁形成術を行うことにしました。               

 

322.

まず後尖の逸脱部分を切除再建するところです。

パリのCarpentier先生が確立した僧帽弁形成術である四角切除法を行い、その部の弁輪を再建してから弁葉も再建しました。

弁葉が余り過ぎている場合は三角切除を活用するケースもあります。

弁葉の再建に使う糸の結び目にも注意を払います。

前尖と接触する部位の後尖の再建では結び目が左室側にできるようにし、長期間の弁の保護を図ります。

これはEBMに基づいた考えです。


333.

前尖の強い病変部を切除し、多数の人工腱索を立てているところ。

 

前尖のほとんどが支えを失って逸脱していたため、合計8本の人工腱索を立てて、前尖全体がかみ合うようにしました。

複雑な僧帽弁形成術には、こうした方法以外に、後尖の腱索を移動させる方法や伸びた腱索を縮めて使う方法その他さまざまな方法があります。

私は病気の可能性のある腱索を使わないことと、後尖に新たな病変を作らないことを基本方針とするため、人工腱索を好んで用いています。

実績あるアメリカのクリーブランドクリニックのデータで病気のある腱索を短縮する方法は良くないことが示されており、私自身、人工腱索はトロント時代から20年近い経験を持っており、すでに10数年以上の長期成績が良好であることが示されているのも理由の一つです。

 

344.

リングをつけた後、水を注入して逆流が無いことを確認(逆流テスト合格) 白い帯状に見える物がリングです。

 

このケースではDuranリング(柔軟リング)を用いました。

僧帽弁形成術で広く使われている逆流試験(生理食塩水を左室に注入して逆流の有無を調べます)にはいくつかのピットフォール(落とし穴)がありますので、それを十分考慮にいれて弁の状態を評価します。

 

351_235115.術前エコー・ドップラー。

前尖後尖の逸脱と弁の肥厚・瘤化、複数の病変のため複雑な逆流(矢印)が見られていました。

                                    

6.術後エコー・ドップラー。逆流は消失し僧帽弁の形も改善しました。3612_2

3611これによって僧帽弁形成術後、長年月の健康な生活が期待されるようになりました。

ワーファリンも不要で病院にも定期健診程度の通院で済むようになりました。

この患者さんのような複雑僧帽弁形成例ではさまざまな方法をその患者さんの特徴に合わせて選択し駆使することで良い結果が得られます。

ひとつのオーダーメイド治療と言えるかも知れません。

 

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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