患者さんは75歳男性、主訴:心窩部痛。急性心筋こうそく1日目で入院、冠動脈造影にて左冠動脈前下降枝LAD 起始部で完全閉塞していました。
カテーテル冠動脈治療 PCI にて再開通しました。
2日目、エコーにて少量の心嚢水を認め、4日目には心嚢水増加と心室中隔穿孔VSPを認めました。
心嚢ドレナージにて血性のため心破裂合併と診断され、当科へ来られました。
1.経食エコーにて心室中隔で左室から右室へのシャント(血液が漏れること)が見られます。
心室中隔穿孔の確定診断です。
手術の絶対適応であり、かつ可及的速やかにというタイミングが勧められます。
時間を稼げば梗塞部心筋が安定し、手術は楽になりますのでかつては遅い時期の手術が勧められました。
しかし手術を待つ間に死亡する患者さんが多いため、手術時期を先延ばしにすることは現代は一般には不利と考えられています。
人工心肺下に左室を梗塞部で切開しています。ちょうど切開がもとの破裂部にさしかかったところです。
切開部の左室壁は暗赤色で血腫になっており左室破裂の本質つまり心筋内解離を示唆する所見です。
その本質を考え、解離のいわばエントリーを治すのがこのVSP Exclusion法(VSP除外法、いわゆるDavid-Komeda法)の特長です。
左室前壁から心室中隔にかけて梗塞のため赤く変化しています。
矢印が穿孔部分です。
左室が心臓外に破裂することを左室破裂とよび、
左室が右室へ破裂することを心室中隔穿孔と呼びます。
2.と3.はそれが同時に起こり得ることを示します。
ウマ心膜パッチを縫着しています。
まず心室中隔から。梗塞部を避けて遠巻きに除外(Exclusion)するようにします。
梗塞部から離れるほど、術後の縫合線の安定度が増し、良好な成績が得られますが、
左室がパッチだらけになるのも困るため、上手な妥協が求められることがあります。
とくに心筋梗塞が大きい場合などです。
パッチを左室側壁へ縫い進んでいます。
やはり梗塞部を遠巻きに除外しています。
心室中隔から左室自由壁に移行する付近での縫合線の決定が一つのキーです。
縫合線にあまり張力がかかりすぎると、あとで縫合線がちぎれたり、破たんする懸念があります。
ここがこの手術のポイントの一つです。
あとは左室を閉じて完成です。
この方法(Exclusion法)は私たちのオリジナルで(1989年発表)、現在さまざまな工夫をし改良して使って戴いています。
たとえばGRF糊を縫合線付近の心筋に注入したり、2枚目のパッチを穿孔部付近につけたり、術後の縫合部リークを予防するための工夫が挙げられます。
現在私たちの行っている工夫はパッチを支える心筋がたとえちぎれても、なお穴を防げる方法です。
パッチは十分に膨らみ、新しくできる左室の形を整え、
かつ縫合部にかかるストレスを減らします。
このExclusion法では多少の出血はVSP越しに右室へ逃がすため、心臓の外側へ出血しにくいという利点があります。
VSP(穿孔の穴)を逆に活用するわけです。
経食エコーでパッチが見られ、
VSPのシャントがきれいに消失したのがわかります。
軽度の僧帽弁逆流が見られますが問題ありません。
こうして患者さんは生命の危機から脱出できます。
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なお最近は急性心筋梗塞に対する PCIの進歩により、左室前壁がほぼ保たれたVSP症例も経験するようになりました。
こうしたケースでは状況によっては、梗塞部をなるべく除外しながらも、アプローチを右室経由にする工夫も行っています。
同時に右室経由ではうまく行かなかったという報告も増えており、やはり左室を守り、左室を治すという本来の手術法の意義を再認識しています。こうしてさらに患者さんに役立つ方法に磨かれていくものと思います。
■トピックス2017: VSPへのExclusion法を年々改良して参りましたが、近年大きく進歩しました。もっと短時間に、もっと確実に治せる方法になりました。海外のトップジャーナルにも新しい手術法として発表できました。英語論文のページ、266番の論文です。ご参考になれば幸いです。
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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