最終更新日 2020年2月27日
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◾️まず大動脈弁狭窄症とは?
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これは大動脈弁が硬くなったり弁尖がくっついて開かなくなり、弁が狭くなる病気です。重症ではポンプである左心室の血液を大動脈に送りにくくなり危険な状態になるのです。以下もう少し詳しく解説します。
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症状は、運動時の息切れや不快感、病気が重くなると息切れや下肢のむくみ、あるいは胸の痛みや失神などが起こります。こうなると命の危険が発生します。
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◾️大動脈弁狭窄症の原因は?
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その原因はかつてはリウマチ性の弁変形、肥厚、硬化、癒合が一番多かったのですが、次第にこれらが減り、代わって動脈硬化性が増えました。
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いっぱんの全身の動脈硬化と同じ変化が弁にも起こるわけです。その結果これが硬くなり動かなくなります。中には弁のもとの形、つまり3尖構造がきれいに残っているのに、その内側に硬い石灰のつぶが多数できて弁尖がまったく動かなくなることが珍しくありません。
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その他の原因として二尖弁があります。これは生まれつきの状態であるため、若い患者さんが多いです。その中で大動脈弁狭窄症になるかたと、大動脈弁閉鎖不全症になるかたと、狭窄兼閉鎖不全症(狭く、かつ逆流する状態)になるかたがおられます。
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ちなみに心疾患の中で少なからぬ数を占めるようになった大動脈弁狭窄症は80歳あたりから急に増え、その多くが上記の動脈硬化性です。
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◾️大動脈弁狭窄症、注意すべきこと
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大動脈弁狭窄症になりますと、左室は高い圧をださねばならないため、それに対応するために左室壁が厚くなり(これが左室肥大です)、そのために左室壁が硬くなり、また不整脈が出やすくなります。
こうした二次的問題も怖いのです。
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もし心停止となり、たとえ救急隊が間に合っても、心マッサージ・心肺蘇生が効かないことでも知られています。
心臓の出口にある大動脈弁が狭いため、胸を押しても血圧がでにくいからです。
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◾️手術は?
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通常、術式は大動脈弁置換術で、60歳以上の患者さんや、60歳未満でも活発な生活を希望される方には生体弁(ウシの心膜材料で作った弁)を選択します。
その危険性そのものも低くなりました。
全国平均でも死亡率 2-3%程度で、私たちのデータではその半分以下です。
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私たちは圧較差が120mmHgを超える、時には200mmHgに達するような高度狭窄の患者さんや90歳を超える高齢患者さんも受け入れています。(高齢者の事例1)
高度狭窄のため危険な状態で来院され、心臓手術で元気になられた患者さんは少なくありません。
心停止までにオペの決心がついてよかったと思います。
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私たちの経験の中には手遅れと言われて心臓がほとんど動かない状態で手術し、正常まで戻った患者さんや、ショック状態から人工呼吸器や補助循環に乗り、それから搬送されてオペし、長期生存を得た高齢者の患者さんもあり、決して見捨てるべきではありません。
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◾️大動脈弁狭窄症、新しい流れ
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大動脈弁狭窄症の手術は折りたたんだ生体弁をカテーテルで心臓まで運んで取り付けるTAVI (タビ、と呼びます)が発展し、高齢者や外科手術が危険な他病をお持ちの患者さんなどに使えるようになりました。
胸を切る必要もありませんし、人工心肺(体外循環)なども不要で、
2018年の時点では高齢や重症の大動脈弁狭窄症のみが保険適応ですが、今後、より多くの患者さんたちにお役に立つようになるでしょう。→→続きを読む
このTAVIは心臓内科と心臓外科が協力して行うハートチームのプロジェクトでもあり、今後の新しい循環器医療の魁と考えています。
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◾️治療での注意点
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また大動脈弁狭窄症のために左心室が動かなくなり、強い心不全になることもあります。
たとえば左室駆出率(正常は60-70%)が10%台とか20%台まで落ち込んだケースですね。
そうした患者さんも、オペを乗り切れば左室が回復しやすいため、頑張りがいがあります。
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なおこうしたケースでは大動脈弁での圧較差が低くなり、一見軽症の大動脈弁狭窄症に見えることがあります。これは心機能がひどく落ちて、血液をあまり駆出できなくなった結果、圧較差を発生するちからさえなくなったからです。こうしたケースをカテーテル検査の圧較差だけ見て軽症と間違え、患者さんを失うというケースが今なお全国で散見されると言います。
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正しくは心エコーで弁口面積や血液の流速を併せ測定することでこうした不幸を防げます。やはり餅は餅屋、弁膜症は弁膜症の専門家がしっかりと診ることが大切ですね。
高齢と生活習慣病のためさまざまな問題を抱えた患者さんの場合も同様です。
もちろん病気が多ければそれだけ粘り腰で頑張る必要がありますが。
(事例: 病気を多くもった患者さん)(事例: 気管支喘息をもった患者さん)
(事例:肝臓がんと大動脈弁狭窄症)
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◾️もう少し特別なタイプ
IHSS(突発性肥厚性大動脈弁下部狭窄症、別名HOCM 閉塞性肥大型心筋症)などと合併して来院される患者さんもあります。突然死などにも注意を払う必要があります。(事例:IHSSと大動脈弁狭窄とペースメーカー三尖弁閉鎖不全症を根治)
(事例:大動脈弁狭窄症とIHSSの脊椎後弯女性)
こうしたタイプでは大動脈弁だけ取り替えると、HOCMが悪化することがあります。HOCMの手術が確実にできる病院は少ないため注意が必要です。→→もっと読む
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また冠動脈狭窄症を合併したケースが増えました。
動脈硬化によって大動脈弁も冠動脈もやられやすくなるからです。
冠動脈狭窄つまり狭心症が合併すれば、そのままでは心筋梗塞や突然死などの注意が必要となることがよくあります。
冠動脈バイパス手術によって安全な状態に改善します。
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慢性腎不全・血液透析の患者さんの場合は、冠動脈狭窄症も大動脈弁狭窄症も発生しやすくなり、注意が必要です。
バイパス術後に大動脈弁が硬化で壊れて弁手術が必要になったケースも少なくありません
(事例: バイパス術4年後に大動脈弁狭窄症を発生した透析患者さん)。
しかし大動脈弁置換の有用性はもとより、冠動脈バイパス手術も血液透析の患者さんには特に有用で、カテーテルによるステントより良好な長期成績が知られていますし、患者さんにとって意義が大きい治療法です。
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メモ1: 大動脈弁狭窄症は年齢とともに増える病気です。
たとえば80歳を超えたご高齢者ではこの病気の頻度が加速度的に高くなることが知られています。
逆にそのため生体弁が威力を発揮し、術後は大変お元気になる患者さんが多いのです。
生体弁なら心房細動などを合併しない限り、ワーファリン(血栓予防のためのお薬)も不要です。
メモ2: 経皮的大動脈弁植え込み術(TAVI タビ)がご高齢の患者さんや全身状態の悪い方に役立つようになりました。
日本ではまだ歴史が浅いのですが、今後の展開が楽しみです。写真右は心臓の中で広がった状態を示します。入れるときには折りたたんで操作します。
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私たち医誠会病院心臓血管センターはまだ再設立から年月が短く、TAVIの認可のための準備中です。そこでこれが患者さんにとって有利な場合、患者さんとご相談のうえ、1.比較的近くの病院にご紹介するか、2.日本でもトップレベルの経験をもつ施設にご紹介するなどしています(2020年2月の時点で。最近の状況はお問い合わせ下さい)。
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TAVIは脳梗塞が多いとか、長期の成績が不明とか、制約や課題が多いのも事実です。まだ不明なことが多い治療法なので、豊富な経験のある施設とのタイアップが安全に貢献すると考えております。近い将来、高い質のそれが提供できるよう、努力しています
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メモ3 大動脈弁狭窄症の手術のガイドライン ガイドラインは患者さんの治療を安全かつ有効に進めるために大変役に立ちます
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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