最終更新日 2022年2月4日
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◼️大動脈弁形成術とは?
壊れた大動脈弁を修復してきちんと開閉するようにする手術です。
弁を切り取って人工弁で取り替える大動脈弁置換術と対比して語られることがよくあります。
きちんと決まれば、大動脈弁形成術は弁置換術にはない、大きな利点があるのです。
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◼️これまでの大動脈弁形成術
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これまでの大動脈弁形成術は主に弁尖を治すことに力を注ぐ傾向がありました。
現代の水準から見るとやや時代遅れですが、弁の形などが弁形成に有利と判断できる時に積極的に行って来ました。それだけに成績は安定しています(弁膜症 事例8)(事例、10代の患者さん)。
ただしこうした弁尖中心の弁形成は適応が限られ、少し重症の患者さんに行うとしばらくは良くても長持ちするかどうか不確実なことが知られており、僧帽弁のときほどの威力はないというのがこれまでの一般的認識でした。
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年々、生体弁の耐久性が改善され、高齢者の患者さんはもちろんのこと、中年の患者さんでも長持ちする傾向にあります。
なので、大動脈弁形成術の位置づけがより不安定になっていたのです。
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■現代の大動脈弁形成術
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しかし近年の大動脈弁形成術の進化はこの位置づけを大きく変えようとしています。ドイツのシェーファー(Schaefer)先生らの研究がその基盤になっていると言われています。
弁を弁尖の形やサイズやバランスだけでなく弁輪の付け根(AV接合部)のサイズや弁輪の頂上部(ST接合部)のサイズなども合せてジオメトリーを考えるようになって、これまで形成が難しいと言われたケースでも立派に形成ができるようになりつつあります。
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中でも若者とくに10代の患者さんでは骨の成長のためカルシウムの利用が活発なため生体弁が長持ちしづらいという難点があります。運が悪いと5年前後しかもたないことさえあります。
そこで大動脈弁形成術の意義は特に大きいものがあるのです。
ワーファリン(血栓予防薬)なしの、のびのびした青春時代を送れることも一因です。
(参考:お便り15: 大動脈弁形成術を受けられた患者さんのご家族からのお便り)。
(お便り71 :ミックス手術で大動脈二尖弁形成を受けた15歳の患者さん)
(お便り121: 決意して二尖大動脈弁を弁形成で克服した中学生の患者さん)
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20代ー30代の患者さんも10代に準じた大きなメリットが得られます。
これらの若い年齢ではまだまだ生体弁は長持ちしづらいことと、機械弁ではワーファリンを数十年間飲まねばならないという危険性とストレスが大きいからです。
(参考:お便り31: 大動脈弁形成術の患者さんからのお手紙)(お便り42)
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■ロス手術とは
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いま一つの選択肢として患者さんご本人の肺動脈弁を取り出してそれを大動脈弁として使うロス手術があります。
しかし、二尖弁の患者さんの肺動脈弁は本来の強さが欠けていることも多く、しかも日本では肺動脈弁の代わりに入れるホモグラフト(弁の移植です)が入手困難なため子どもや重症感染症 (たとえば大動脈基部膿瘍、大動脈弁の付け根が感染して膿がたまる重い病気です) がらみなど、特殊な患者さんに限られます。
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■自己心膜について
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また 20年以上昔から患者さんご自身の心膜つまり心臓の周囲にある膜をグルタルアルデハイド(ホルマリンに近いもので細胞を死なせ安定させます)で処理したもので弁尖全体を取り代えるという方法があります。
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これは弁置換の一種で、弁形成とは言えず(多くの報告ではreplacement (置換)や extention (弁の延長)あるいは reconstruction (再建)と表現)、これまでの欧米豪のデータでも残念ながら長期成績が悪く、主にこどもや30歳代の若者を対象としています。
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若年者では生体弁の成績が悪いから生まれた技術でした。
しかし大人とくに60歳を超える高齢者では生体弁は20年近い耐久性が報告されており、よほどの弁形成・弁再建でないと正当化できないのです。つまり高齢者の患者さんでは(弁形成が不適なときに)生体弁を使うのがもっとも安全確実で患者さんのためになるのです。
有名な欧米の心臓外科CTSネットの編集長も同意見で、心膜再建への懸念を表しています。今後さらなる改良が必要で、関係の先生方の奮起を期待します。
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そうした中で米田正始は韓国のSong先生が13年前から試行しておられるCARVARという方法に強い関心をもっていました。かつてステントレス弁で十分には達成できなかった心膜によるスーパー弁が、Song先生の方法で蘇る可能性を感じました。実際にソウルのKonkuk大学病院へ1週間行って理論から手術手技の詳細まで検討した結果でした。
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そこで日本で自己心膜による大動脈弁再建をやっておられる東邦大学の尾崎先生の方法を比較検証し、従来の自己心膜弁の壁を破る可能性があると考えるようになりました。Song先生の方法ではウシ心膜を使いますが、尾崎先生のそれは自己心膜でいっそう良さそうだからです。そこで私たちは大動脈弁形成術が不向きなケースとくに若い世代にこの自己心膜弁形成(再建)を行うことがあります。ここまでのところ優れた成績ですが、感染性心内膜炎(IE)になりやすい傾向も併せて感じています。さらなる検討が必要でしょう。
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■ここで歴史を振り返り
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心臓外科の歴史の中で大動脈弁はややつらい過去を持っています。
40年前にイオネスクIonescu心膜弁(写真右)が登場したときには皆、優れた長期成績を期待しました。
しかしこの第一世代の心膜弁はたったの3-4年でダメになるケースが続出し残念な結果となりました。
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弁の縫い目を守り、かつグルタルアルデハイドに加えて特殊処理を施した新世代の心膜弁は格段に長持ちするようになりましたが、そういうつらい過去があり、その後も「シナー弁」という自己細胞が生着するという弁で術後突然死が続いた苦い経験が欧米ではあります。
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縫い目の補強も特殊処理もしない昔ながらの自己心膜法が良い長期成績を出すかどうか不明です。尾崎先生の方法では組織の強い弁輪にがっつりと縫い込むため、これまでの心膜形成とはちがう印象ですが、長期のことはまだ不明です。
それもあって欧米ではソロ弁(Solo弁)という弁尖のみ置換する生体弁が注目を集めて普及しつつあります。
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■そこでふたたび大動脈弁形成術
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これらのデータや経験の中から、私たちの方針はやはり弁形成術が適切な状況(若年者など、中年の方も)ではそれが第一選択と考えています。
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若い患者さんが多いことを考え、なるべく傷跡が見えにくいMICS手術で弁形成を行うようにしています(右図)。
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参考:いい心臓・いい人生 【第九十三号】カナダでも頑張りました(大動脈弁形成術サミット)
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弁形成ができない場合の人工弁の選択については機械弁(長持ちします)と生体弁(ワーファリン不要です)の2つがあり、通常はこの中から選ぶ必要があります。私たちのところではそこへ自己心膜弁再建が加わり、3つの選択肢になりました。
(機械弁と生体弁の比較につきましては僧帽弁の項をご覧ください)。
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なお大動脈基部拡張という病気の場合は、経験豊かなチームならデービッド手術などの自己弁温存手術によって人工弁が回避できることが多いです。
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■これからの方向性は
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今後の明るいニュースとしては折りたたんだ生体弁をカテーテルで植え込むTAVI(タビ)という方法で、将来この方法が安全確立すれば、生体弁が壊れたときに、その生体弁の中に新たな弁を植え込むことで再手術が回避できる可能性がでてきたことです。
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さらにこれを外科手術の際に活用する Sutureless Valveつまり縫合しなくても取り付けられる弁がすでにヨーロッパでは高い評価を受けています。
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簡便に取り付けられるため、MICSなどの際には、より威力を発揮するでしょう。
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これらも含めて大動脈弁膜症治療は、弁形成を主軸とし、前向きにかつ慎重に行えばさらに進化するでしょう。
中でもMICSによる大動脈弁形成術は若い患者さんたちを中心に極めて好評です。傷跡が目立たずこころの傷も小さくなり、早く仕事や学業に戻れるという利点も大きいからです。今後の治療の主体はこのMICS大動脈弁形成術にあると私たちは考えています。
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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