最終更新日 2020年2月28日
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◾️三尖弁閉鎖不全症とは
三尖弁が閉じにくくなり血液が逆流する病気です。三尖弁の弁膜症のほとんどがこの三尖弁閉鎖不全症で、弁が狭くなる三尖弁狭窄症は先天性やリウマチ性で起こりますが、まれです。
軽い三尖弁閉鎖不全症は健康人でもよく見られます。症状はありません。逆流が増え重い三尖弁閉鎖不全症になれば、下肢の浮腫(むくみ)や運動時の息切れなどが起こったり、頚の浮腫やお腹に水が溜まって(腹水と言います)腫れたりします。こうなれば危険です。
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◾️三尖弁閉鎖不全症にはどんなタイプが?
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さまざまなタイプがあります。たとえば:
① 弁の付け根(弁輪と呼びま す)が広がって、弁尖つまりひらひら開閉する部分が届かなくなるタイプ。僧帽弁の弁膜症やときに大動脈弁の弁膜症が遠因となって起こることもよくあります。
②肺高血圧つまり肺動脈圧が高くなり、右室が無理をしてその入り口の弁である三尖弁が逆流するタイプ。これもよくあります
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それ以外には
③ 生まれたときから弁の一部が発達不十分などのためにおこる先天性や、
④ 感染性心内膜炎(略称 IE)が三尖弁に起こって弁に穴があいたりちぎれるタイプなどもあります。
⑤ 近年増えている印象があるのは右室の不全のため右室が大きくなりかつ形が崩れて三尖弁を支える乳頭筋が引っ張られて弁尖が閉じにくくなる、狭義の機能性三尖弁閉鎖不全症もあります。
⑥ ペースメーカーのケーブルが弁尖を圧迫しておこるペースメーカー三尖弁閉鎖不全症、じつはこれがもっとも多い原因です。右図はペースメーカーとそのケーブルの位置をしめします。ケーブルが三尖弁を横切るため弁が圧迫されて漏れることがあるのです。
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◾️三尖弁閉鎖不全症の治療は
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三尖弁閉鎖不全症が軽ければ、心臓の他の弁や部位が大丈夫であれば、定期健診やお薬などの内科的治療でじゅうぶんこなせます。
しかし逆流が増えて心不全症状が強くなったり、肝臓や全身に無理がかかりだすと手術が必要になります。手術の詳細は三尖弁形成術のページで詳しくのべ、ここでは概略を解説します。
三尖弁閉鎖不全症の手術には弁形成術とくに弁輪(弁の土台の部分)を縫い縮める弁輪縫縮術が一番基本です。
弁輪縫縮術には糸で弁輪を小さくするDeVega (ドゥベガ) 法とリングを用いる方法があります。
一般にドゥベガ法は簡略法で手軽に短時間でできます。
その一方、リングを用いる方法は多少手間と時間がかかるかわりに効果がより確実で長持ちする傾向があります。
私達は重い三尖弁閉鎖不全症にはリングを用い、軽いものには糸で対処できるドゥベガ法を用いて患者さんのニーズにあった方法を使い分けています。とくにドゥベガ法は一般に長期成績がリングより劣るという報告があるため、EBMデータにもとづいて逆流再発しにくいような工夫をしています。いずれ発表予定ですがここまで結果は上々です。
必要があればさらに効果的な方法も使います。
長い年月の間に複数回の弁手術(たとえば僧帽 弁置換術とか大動脈弁置換術、ときには三尖弁形成術や置換術)を受けられた患者さんで三尖弁のみ問題というケースがときにあります。
そうしたケースではミックス手術(MICS、ポートアクセス法)の方法を活用し、右開胸の小さい創で最小限の剥離操作で三尖弁のみ治し、不要な操作は避けるようにしています。これまで長時間かかった手術がそれだけ短時間ででき、手術の安全性を上げるほどの効果を発揮しています。
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◾️重症の三尖弁閉鎖不全症での注意点は
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通常、三尖弁閉鎖不全症自体で直ちに死亡するケースは少ないです。
しかし、三尖弁閉鎖不全症のため肝臓がうっ血し(うっ血肝と呼びます)、次第に肝臓が破壊され機能も低下し、その状態が続けば うっ血性肝硬変にまで悪化します。
こうなると重症肝硬変のため肝不全で死亡する危険性が高くなります。
三尖弁閉鎖不全症でも重症となると油断できないのはそのためです。
うっ血肝は三尖弁閉鎖不全症を手術で治せば治ります(心臓手術・事例:肝硬変でもミックス法で三尖弁形成術)。
しかし肝臓の力があまりにも落ちて肝不全になってしまうと、心臓手術の負担に肝臓が耐えられなくなってしまいます。この状態になってしまうと手術を断る病院が多くなります。
またうっ血性肝硬変にまで進んでしまうと、心臓を治しても肝臓はもとの状態にはもどれず、結局肝不全で死亡する危険性が高くなります。こうなると手術そのものが成り立たなくなる恐れがあります。
昨今の公的病院では院内「安全管理委員会」がそんな状態の悪い患者さんに手を出してはいけない、と止めるケースが増えました。まだまだ手術で回復できる患者さんでさえ断られたというケースを少なからず知っています。しかし断られた患者さんはどうなるのでしょうか。そこを考える必要があるわけです。
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◼️うっ血性肝硬変
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なおうっ血性肝硬変の重症度分類としてよくもちいられるものとしてChild分類(チャイルド分類)などがあります。私たちはチャイルド分類のAの三尖弁閉鎖不全症の患者さんを多数救命して参りました、チャイルド分類Bになりますと、さすがに慎重になりますが、年齢や体力なども考慮し、これは行ける、と判断して救命できた事例は複数あります。
こうした患者さんたちを多数救命して来た実績のある私たちも、肝臓が限度を超えて壊れていると手術できないことはあります。
しかし患者さんはそのままではもはや生きるすべはありません。
そこで勝算がある程度以上あれば頑張るべきときには頑張る、しかしそれ以上に、ある程度早めのタイミングで手術すること、そしてそのために経験豊かな専門家と早めに相談することが大切です。
ぜひ勇気を出して一歩早くご相談下さい。
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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