最終更新日 2020年2月22日
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■弓部大動脈瘤の手術法、とくにアーチファースト法
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胸部大動脈瘤の中でも弓部大動脈瘤は比較的大きな 手術治療が必要です(左図、弓部大動脈全置換手術)。
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かつては3つの大きな枝をひとまとめにして再建、つまり人工血管に連結する術式が欧米を中心にして広く行われましたが、現在は枝付きの人工血管で枝ごとに連結(吻合)する手術手技が広まりました。
私たちはそれに加えて、これまで、弓部大動脈瘤に対して脳こうそくの予防や脊髄の保護にとくに力を入れArch First (アーチファース ト)テクニックという方法を主に用いて良好な成績を出して来ました。
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こうした研究をさらに進めてステップワイズ・アー チファースト法という確実な弓部大動脈再建方法を工夫しておこなっています(手術事例 1)。
要するに下行大動脈との吻合が奥深くて比較的難しい場合などに、裏返した人工血管をいったんその中に入れてそれらを縫ってつなぐため、吻合部をつねに一望しながら確実に吻合できるのです。
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この方法のメリットは脳へいく動脈を触らないため脳梗塞が起こりにくいこと、そして低体温のため脊髄が守られやすいことなどが挙げられます。
弱点としては体温をある程度下げるため手術時間がやや長くなることが挙げられます。
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■弓部大動脈瘤手術での選択的脳灌流とは
脳こうそく等のリスクが比較的低いケースでは選択的脳灌流 という方法をもちいて、やや高めの温度で、より止血に有利な方法で、より短時間で、より少ない輸血で手術します(手術事例2)。
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これにより私たちのチームでは弓部大動脈全置換術といえども通常は4時間前後でオペできるようになり、患者さんの体力温存が図りやすくなりました(医学が進歩した今でもなお、弓部全置換を10時間も20時間もかかるチームが存在します。その成績はどうでしょうか。主治医と納得するまで相談し、このチームは熟練していないと感じたらセカンドオピニオンを他病院でもらうことが身を守ります)。
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ともあれこの数年間はこちらの方法で手術することが弓部大動脈瘤の標準術式となりました。
しかし必要があれば、その患者さんにより適した方法が選べるというのがベストと思います。
■弓部大動脈瘤、ステントグラフト(TEVAR)とのハイブリッド治療
ステントグラフト(TEVAR)とのハイブリッド治療を念頭においた方法がお役に立っています。
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左図は基本的なTEVARのコンセプトを示します。
これにデブランチDebranchと呼ぶ弓部大動脈枝のバイパスを組み合わせるのです。右図にその一例を示します。
これによって弓部大動脈もステントグラフトで治せるようになり、より短時間でより少ない輸血で、より高い安全性で手術ができるようになりました。
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■より広範囲な弓部大動脈瘤に対して
弓部大動脈瘤は下行大動脈にまで病気が広がっていることもあります。
そのためさまざまな工夫がなされて来ました。
左図は弓部大動脈瘤が下行大動脈のより遠位部(お腹側)に広がっている ときの方法のひとつです。
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象の鼻のような人工血管をつけるためエレファントトランク と呼びます。
そのままで安定することも多いのですが、後日遠位部にさらに治療を加えること もあります。(手術事例3)
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もし遠位部つまり下行大動脈にも手術が必要になれば、かつては左開胸つまり左の胸を開けて人工血管をエレファントトランクにつなぐ手術操作を行いましたが、現在はカテーテルをもちいて折りたたんだ人工血管を内側から広げてこれに連結する、ステントグラフト(TEVAR)が増えつつあります。
さらにこのエレファントトランクを手術中に入れてしまう、フローズンエレファントという方法も使えるようになり、より迅速に一回の手術で広範な胸部大動脈瘤に対応できるようになりました。
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患者さんによりやさしい治療を目指して改良を重ねているわけです。
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■弓部大動脈瘤手術、今後の展開
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慣れたチームでは外科手術成績が成功率95%前後まで改善したとはいえ、弓部大動脈瘤の手術は簡単なものではありません。
実際、弓部大動脈瘤手術に10時間も20時間もかかるチームもまだ少なからずあるのです。これでは患者さんの体力が持ちませんし、輸血量も膨大となりその副作用も大きくなります。やはり熟練チームにお任せ戴くのは安全上、有利です。
この病気の患者さんはほうっておけば早晩瘤が破裂することが知られており、いったん 破裂すれば死亡率はほぼ100%となるため、かなり重症でも様々な工夫を重ねて、できるだけ安全性を高めて手術治療をしています。
着実に進歩しており、より多くの患者さんたちが助かり、今後の展開が楽しみになりつつあります。
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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