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◾️まず虚血性心筋症とは?
心筋梗塞のため左室の筋肉つまり心筋が失われ、左室の形が歪んだり全体のパワーが不足し心不全になる状態です。しばしば虚血性僧帽弁閉鎖不全症という僧帽弁の逆流を伴います。この虚血性心筋症が重くなると患者さんは長く生きられない、あるいは心不全のため日々苦しい状態になってしまいます。
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◾️それに対する左室形成術とは?
左室形成術とは左心室の壊れた部位(右図の左室の壁が薄いところ)を切り取ったり縫い縮めたりパッチを貼ったりしてサイズと形を整える治療法です。
上手く手術するとそれによって左心室はパワーをある程度以上取り戻し、患者さんはその分元気になれるのです。
虚血性心筋症は上記のように心筋梗塞やそれに準じた状態が原因となって起こりますので、左室のなかで比較的良いところと悪いところがはっきりしており、経験豊富な心臓外科医なら左室を効果的に「組み立て」なおし、そのパワーアップを図ることができます。
言い換えれば、良いところがもっと力を発揮できるように、整えるのです。
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◾️左室形成術の試練
2009年にスティッチトライアル(Stich Trial)という多施設で の臨床研究が発表されましたが、識者の間でも話題になるほどの欠陥研究で、私たちが心臓手術しないような軽い虚血性心筋症を主にあつかい、それにごく簡単な左室形成術を行って、それほどメリットがないという、ひどいものでした。
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しかしアメリカのNIHという政府機関が予算を出して行なった研究のため、権威だけはあり、内容をご存知ない循環器内科の先生方が虚血性心筋症の患者さんを心臓外科に紹介されなくなったことは大変不幸な出来事でした。手術を受ける機会が奪われ、かといって心移植は年齢や他病のため適応外となり、死んで行った方が多くありました。
虚血性心筋症の患者さんの救命に力をいれてきた私たちはこの結果を踏まえて、より重症の患者さんでもより安全に効率よく治療ができるように、全国や海外の仲間と協力して検討を進めています。
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◾️心臓外科の巻き返し
ドール手術(Dor手術)(事例2)を改良したセーブ手術(SAVE手術)(事例3)(心臓の形を自然できれいに保ち、傷んだ部分を十分に修復し心臓の力が最大限に発揮できます)や
バチスタ手術(変法)改良バチスタ手術とも呼んでいます、心臓の先端部分を温存し自然の構造を守るのが特長です。心筋症のページをご参照ください)を用いてさらに成績を改善しました。
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さらにセーブ手術の良さとドール手術の簡便さを併せた術式(一方向性ドール)を考案し、比較的短時間できれいに仕上がるため、術前に体力が消耗した患者さんの安全性を向上するために役立っています。(事例1)(事例2)
この1方向性ドールを始めてから、左室形成術単独での手術死亡や病院死亡はありません。
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◾️多角的な工夫を
また左室形成術に加えて両室ペーシング(CRTと略します)という方法を併用することで一層術後の心機能を改善させています(事例4)。
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心臓や全身の状態にもよりますが、心臓移植しかない(しかし年齢等の制約で移植ができない)と言われていた患者さんがこれらのオペで元気になられたというケースが多数あります。
改良バチスタ手術と一方向性ドール手術は左室を修復する場所におうじてきれいに使い分けています。
適応があれば80歳代のご高齢の方にも左室形成術を行い元気になって戴いています(事例5)。
またオーバーラップ手術(Overlap手術)(事例6)という方法も使うことがあります。
手技が簡便というメリットがあるからです。
ただ効果が左心室の根っこ部分にはあまり効かずかつ病変部を残すため長持ちしない心配が強く、動物実験でもあるていどそれを確認しているため、ケースバイケースで活用しています。
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◾️そしてさらなる展開
心不全・心筋症に対する左室形成術ではあちこちの病院から手術依頼があり、それに応えていますし、近隣地域はもとより遠方の移動できない重症患者さんのために出張してオペした実績も多数あります。
より大きなチーム医療が役立つ領域です。
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そして2014年からより進化した左室形成術である心尖部凍結法を開始しています。短時間ででき、調節性に富むため安全性がこれまでの左室形成術より数段高いと考えています。実際、重症の患者さんも順調に元気になられ、この手術単独では手術死亡がこれまでありません。かつて救えなかったレベルの患者さんたちが救えるようになりつつあるのです。
こうして心移植の対象とならない方(重い糖尿病や腎不全など)や、補助循環(人工心臓)を避けたい方々などにお役に立っています。心不全で苦しい方はご相談ください。
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◆患者さんの想い出1:
左室形成術にも多数の想い出があります。それは虚血性心筋症をはじめ、重症の患者さんが左室形成術を受けられるため苦労も多く、かつ元気になられたときの喜びも大きかったためです。
京大病院に奉職していたころ、ちょうど20年ほどまえに、40歳前後の若者Aさんが虚血性心筋症で来院されました。
そこで当時としてはまだ珍しかったドール手術と言う左室形成術を行い、心臓は劇的に改善し、Aさんはお元気に退院して行かれました。
当時のことですから、現在よりは完成度も低く、リスクも高かったのですが、患者さんは見事に応えて下さり、健康を回復されました。その後、左室形成術は多数のいのちを救うことになりますが、その記念すべき第一歩としていまも忘れられず、感謝しているのがこの患者さんなのです。
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◆患者さんの想い出2:
Bさんは大阪から当時私がいた京大病院へ搬送されて来ました。まだ40代の若い男性ですが、大きな心筋梗塞のため虚血性心筋症となり、左室駆出率がなんと10%未満(正常は60%台)という厳しい状態でした。左室のごく一部しか動いていませんでした。欧米なら当然心移植というレベルの心臓でしたが当時の日本ではまだごく一部のひとしか恩恵にあずかれない状況でした。
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Bさんとよく相談のうえ、リスクは高くとも、左室形成術で頑張ろうということになりました。Bさんは男らしい性格の方で、このまま何もできずに延命を図るよりも、いちかばちかでも心臓手術をやってくれとのことでした。厳しい病気であることは理解しているので、死ぬか元気に生きるかどちらかにして下さいということでした。同様の患者さんをそれまで何名もお助けして来た私は左室形成術をお引き受けしました。術式としてセーブ手術という方法を選びました。ちょうど良いサイズ・形で左室はまとまりましたが、やはりちからが不十分です。
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Bさんは徐々に回復して行かれましたが、まだIABPという補助ポンプがどうしてもはずれません。何とかはずせても、数日間でまた必要になるのです。これでは先がないということで補助循環(人工心臓)を装着することにしました。死ぬか元気に生きるかどちらかが良い、その中間つまりただ生きる状態は困ると言っておられたため、しばらく我慢して下さい、いずれ元気に生きられるからまずは機械で生きて下さいとお願いし、了解を頂きました。その時には安全を考慮し、人工物であるパッチをはずし、自己組織だけでできるオーバーラップ法に切り替えてから人工心臓を付けました。これでBさんは元気さを回復されました。
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その後私は京大でトラブルに巻き込まれ、いずれ京大病院を去ることを考えるようになり、Bさんには今後のことを考えて移植センターに転院して戴きました。 あれから3年が経ち、Bさんが無事心移植を受け、お元気になられたことを聞きました。Bさんの心臓では左室形成術といえども十分ではなかったのですが、とりあえず心移植までのつなぎを果たせたこと、安堵しました。Bさん、これからお元気な生活を楽しんで下さい。あのとき、苦しいなかを補助循環にOKを下さりありがとう。
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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