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◾️虚血性僧帽弁閉鎖不全症は難病?
虚血性僧帽弁閉鎖不全症 (略称IMR)(左図)はある程度重くなれば、単に冠動脈バイパス手術するだけでは心不全が治らず、少し元気になって退院してもまた悪くなり入院するなどを繰り返す難病です。
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欧米ではこの病気のために少なからぬ数の患者さんたちが補助循環つまり人工心臓や心移植を受けておられます。それほど大変な病気なのです。
僧帽弁形成術ができれば予後が改善すると考えられても、重症例ではこれまで再発が多く、弁形成よりも弁置換(人工弁を入れる)が進められるほど、難しいのです。
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◾️僧帽弁形成術への挑戦
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私たちはこの虚血性僧帽弁閉鎖不全症 IMRの手術・治療に長年取り組み、成績を上げて来ました。スタンフォード大学でこの道の世界的権威・ミラー(D. Craig Miller)教授のもとで研究(右図)した内容を京都大学や豊橋ハートセンター・名古屋ハートセンター、かんさいハートセンター、医誠会病院などで磨き、国内外の先生と協力し現在に至っています。現在はこの手術法を普及させるべく努力しています。(参考:虚血性僧帽弁閉鎖不全症への弁形成術、開発の歴史)
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虚血性僧帽弁閉鎖不全症は見かけは弁膜症ですが、じつは心筋梗塞や虚血のため、左心室の形がゆがんで起こる「左室の病気」ですので、僧帽弁だけでなく、できるだけ「左室を治す」ことを中心に治療を進めます。
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しかし心筋梗塞で死んでしまった筋肉は治療しても蘇ることはありません。そこで生き残った筋肉をうまく活用してできるだけパワーアップを図らねばならない、ここにこの病気の治療の難しさとカギがあるわけです。
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冠動脈バイパス手術で左心室が回復する場合は冠動脈バイパス手術単独あるいは僧帽弁形成術を併用し(手術事例: 虚血性僧帽弁閉鎖不全症 )、それらだけでは心機能が改善しない場合は左室形成手術を行って心臓の回復を図ります。
左室形成術が不利な状況では、それに代えて弁や乳頭筋・腱索を手直しするようにしています。たとえば形成できるような左室瘤つまりコブや強い拡張がない場合ですね。逆にこうしたものがあれば、積極的にこれらも併せ治して術後の心機能をさらに改善するようにしています。
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◾️そして徐々に成果が
私たちが世界に先駆けて開発した腱索転位translocation法の主要部分である乳頭筋前方つりあげは効果があると認められるようになり、現在内外のあちこちで試みて頂いています。→2007年発行の実験研究第一報論文を読む →2009年発行の臨床第一報論文を読む
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写真右は虚血性僧帽弁閉鎖不全症にたいする腱索転位がアメリカのトップジャーナルの表紙に載せて頂いたときのものです。ジャーナルに載せていただくだけでもうれしいことですが、表紙にまで載るのは光栄なことです。こうしてより多くの方々のお役に立ちたいものです。→この論文を読む
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さらにそれを進め、前尖だけでなく後尖のテント化がよりおこりにくい術式(両弁尖適正化 Bileaflet Optimization)を工夫しています。その後、識者のお勧めで乳頭筋適正化手術(Papillary Head Optimization、PHO)と呼ぶようにしています。
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左図のように後尖のヘッドと前尖ヘッドをつないでから、あとはTranslocation法と同様に前へ吊り上げるものです。
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良い結果が得られており患者さんの満足度も高いため、2011年5月にアメリカの主要学会アメリカ胸部外科学会のMitral Conclave 2011というセッションで発表しました。それからこの成果をトップジャーナルから2012年に発行しました。→この論文を読む
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これが予想以上に好評で、そのあとさらに改良を加えて2012年のヨーロッパ心臓胸部外科学会(EACTS)の「新しい心臓手術」というセッションで発表の機会を頂きました。多くの前向きのご質問やコメントを頂きました。
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さらに2013年のアメリカ胸部外科学会(AATS)のMitral Conclave 2013では口演の機会をいただき、そこでこの手術法の最新の成果を披露しました。恩師でもあるスタンフォード大学のCraig Miller教授は「君のやっていることの意味が初めて理解できた。これからさらに進めるように」と激励いただけ、感動いたしました。
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◾️さらに完成度を上げて
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そして2017年4月、アメリカ胸部外科学会(略称AATS、心臓外科領域では世界の頂点と言われる学会です)の100周年記念大会で、私たちのPHO(乳頭筋前方吊り上げ最適化術)が選ばれ発表の機会を頂きました。
PHO手術で虚血性僧帽弁閉鎖不全症を含めた機能性僧帽弁閉鎖不全症の患者さんの心臓が、弁逆流を直すだけでなく心臓としてのパワーを取り戻すことが示されたのです。
これは近年登場したカテーテル治療・Mクリップでは真似のできない芸当で、患者さんに本当にお役に立つ治療として認識され始めたと言えるでしょう。
このように虚血性僧帽弁閉鎖不全症の治療、まだまだ課題がありますが、ひかりが見えて来ました。今後さらに進化させていく予定です。2017年には大動脈弁越しにこのPHO手術を行う方法を同じくトップジャーナルから発行しました。→この論文を読む
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詳しくはこのホームページの弁膜症の中の③虚血性僧帽弁閉鎖不全症に対する僧帽弁形成術ー先人から学ぶをごらんください。
さらにこの虚血性僧帽弁閉鎖不全症の本質的弱点である「弱い左室」をもっと効率的に、低い侵襲で改善すべく、新たな左室形成術(心尖部凍結型左室形成)を応用し、成績をさらに改善し始めています。→→より効果的なデュアル形成手術はこちら
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2018年にこの新たな手術がアメリカのメジャージャーナルの表紙を飾りました(赤い矢印)。今後さらなる治療成績の向上に向けて努力いたします。
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一つお願い: 患者さんやご家族の中には状態がうんと悪くなってから連絡して来られるというケースがよくあります。お気持ちはわかるのですが、すでに寝たきりとか集中治療室に入ってからでは、手術に耐えられる体力がなく、手術できるとしても転院することもできず、どうにもならないこともあるのです。できればまだ何とか歩けるうち、これが有利なタイミングです。
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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