◾️オフポンプ冠動脈バイパス手術(略称OPCAB オプキャブ)とは
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冠動脈バイパス手術をポンプつまり体外循環(人工 心肺、写真右)の器械を使わずに行う手術です。
比較のためにこれまでの体外循環を使うものはオンポンプバイパス手術と呼ばれることがあります。
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オフポンプバイパス手術は日本へは1990年代後半に導入され、
当初はMIDCAB(ミッドキャブ)手術という方法で、
左胸を小さく開けてその付近にある左内胸動脈を剥離し、その直下に見える冠動脈(左前下降枝)に縫いつけます。
この方法は創が小さく、ポンプも使わない、患者さんに優しい画期的なオペとして一世を風靡した感がありました。
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まもなく胸骨(胸の真ん中にある骨です)を縦に切って心臓に到達し、治療する、普通の心臓手術と同じアプローチ法を用いるオフポンプバイパス手術が増えて行きました。
この方法ではMIDCABと違って、必要なら何本でもバイパスを付けることができます。
MIDCABは心臓の前側に限定されるため通常1本、せいぜい2本程度しか付けられませんが、
オフポンプバイパス手術ならいざとなれば5本でも7本でも付けられます。
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◾️草創期のオフポンプバイパス手術は
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ただ当初は心臓の裏側の冠動脈(鈍縁枝や回旋枝末梢部や右冠動脈 の枝)にバイパスを付けるために、安全に心臓を脱転つまりひっくり 返す技術がやや未完成であったこと、
手術器械が現在のものより性能が悪かったことなどのため、
難しいオペと思われていました
(写真右は心臓を脱転してバイパスを縫いつけているところ)。
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私がCalafiore先生(当時イタリア、現在サウジアラビア)のところで習ったオフポンプバイパス手術を
1999年12月の日本冠疾患学会でビデオ講演させて頂いたときはまだ変わった方法という見方をされたように記憶しています。
その後心臓を脱転するためのさまざまな工夫や器具ができ、現在はオフポンプバイパス手術が冠動脈バイパス手術の定番となりました。
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◾️日本での展開は
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日本では冠動脈バイパス手術の約3分の2がオフポンプバイパス手術で、これは米国等と比べて突出した高い値です。
技術的にはオフポンプバイパス手術のほうが通常のオンポンプバイパス手術より難しく、
しかも日本人の冠動脈も内胸動脈も欧米人よりは若干細いため、
日本人の冠動脈手術そのものがやや難しいです。
日本の心臓外科医が行った努力は大変なものだったと思います。
これにはオフポンプバイパス研究会(小坂真一先生、南淵明宏先生ら)が大きな貢献をしたと言われます。私も及ばすながらオフポンプのライブ手術を2001年の研究会で初めて行い、以後毎年の会長が引き継いで下さり、日本ではこれが標準!と言えるレベルまで浸透しました。
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◾️オフポンプバイパス手術が優れている点は
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それではオンポンプバイパスと比べてオフポンプバイパス手術はどういう点で優れているので しょうか。
理論的にはポンプ(体外循環)がある程度リスクとなる患者さんたとえば上行大動脈ががちがちに硬化しているなどの状況ではオフポンプバイパス手術は有利です。
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この10数年、さまざまな研究がなされました。
発表された範囲では手術死亡率には大差がなく、
輸血量や入院期間あるいは術後の神経学的異常などがオフポンプバイパス手術で減らせることが示されました。
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その結果はオフポンプとオンポンプの両方を多数行った心臓外科医の印象とは少し違うと思います。
かつてオンポンプバイパス時代にはハイリスクであったケースにオフポンプバイパス手術を行うと実にスムースに経過するのです。
結局こうしたハイリスク例での臨床研究が不足しているのであろうというのが経験ある心臓外科医の意見です。
それを裏付けるかのようにオフポンプバイパス手術を始めてから、バイパス手術で患者さんが亡くなられることはほとんどゼロになりました。
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◾️オフポンプ先進国・日本では
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オフポンプバイパス手術では術者が経験豊かであれば手術の質でもオンポンプバイパスに 引けを取りません。
それは術後のバイパスの開存率(つまりどれだけ機能しているか)でも劣っていないことが判明したからです。
そうなればカテーテル治療(PCIと略します)に匹敵する安全性と、
PCIより良好な長期安定性がオフポンプバイパス手術により得られることになります。
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しかもオフポンプバイパス手術の術後は最近のPCI(薬剤溶出性ステントDESを使います)と違って、
きつい薬剤(抗血小板剤たとえばプラビックスやパナルディン等)を永く使う必要がないため、
患者さんにとって長期安全性で有利です。
たとえばもしがんがどこかの臓器に発生してもその検査や手術も比較的安全に受けられます。
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◾️カテーテル治療(PCI)との協力へ
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またほとんどすべての患者さんはまず循環器内科の先生のところを受診されます。
それらのため、現時点ではPCIがバイパス手術より数の上で大きく勝っています。
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ヨーロッパで行われているSyntax研究(薬剤ステントを用いたPCIとバイパス手術を比較)の3年間の成績が昨年秋に発表されました。
重症の冠動脈疾患ではバイパス手術はPCIより高い生存率を上げ、ヨーロッパのガイドラインでもバイパス手術をクラスIの適応つまり絶対推薦となったのです。
たった3年でこれだけの差がついたことは驚くべきことでした。、
そして2011年にSyntaxトライアル4年のデータが発表され、冠動脈バイパス手術を受けた患者さんはステントの患者さんより長生きできることがついに示されました
(写真左はオフポンプバイパス手術後のグラフトの姿、MDCT検査にて)。
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◾️まとめ
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もっとも識者の見方はどちらが絶対良いとか悪いとかではなく、
個々の患者さんに最も適した選択をする必要なら併用もする、という柔軟で患者目線の方針にあります。
ともあれオフポンプバイパス手術の進化により患者さんにとって、より安全で確実な治療法が増えたのは間違いないところで、
内科外科全体の総合循環器グループとして有用ツールとしてさらに育てたいものです。
(心臓手術事例:数回のPCIのあと冠動脈バイパス手術を)(心臓手術事例:PCI後、急性心筋梗塞後のバイパス手術)
2012年1月18日には天皇陛下もこのオフポンプ冠動脈バイパスを受けて元気になられました。その利点が広く認識されたものと思います。
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◆患者さんの想い出:
Aさんは50代前半の男性です。当時米田がいた 名古屋へはるばる大阪から来て下さいました。
慢性血液透析のため血管が全身的に硬化し、すでに脳梗塞を患われていましたが、幸い頭脳は明晰でした。冠動脈はがちがちに硬化していました。
オフポンプ冠動脈バイパスを施行し、3本を左前下降枝、回旋枝、右冠動脈につなぎました。良好な流量を確認しました。透析の患者さんに絶大な威力を発揮する内胸動脈はもちろん左右とも活用しました。
かつては何でもカテーテル治療PCIというのが基本方針であった病院でも近年は慢性透析の方には冠動脈バイパス手術を選ぶ傾向が強まりました。ガイドラインの改訂と、やはり患者中心の医療が浸透したためと考えられています。
術後経過は順調でお元気に退院されました。それ以後、下肢の動脈も狭くなり、これはカテーテル治療PPIで軽快しました。
オフポンプバイパス手術から3年が経ち、バイパスのグラフトは健在で患者さんを守っています。米田正始が奈良にあるかんさいハートセンターを立ち上げてからはこちらの外来に通っておられます。これからも永く元気なお付き合いで行きましょう。
◆患者さんの想い出2:
Bさんは60歳の男性で 狭心症と発作性心房細動のため米田外来へ来られました。
冠動脈が中枢部で複雑にやられているためカテーテルPCIよりもオフポンプ冠動脈バイパス手術を行うことになりました。また比較的お若くこれからがあることも一因でした。
手術ではまず右内胸動脈を左前下降枝へつけ、さらに左内胸動脈を回旋枝につなぎました。良好な流量とパタンを確認しました。右冠動脈はかつてのステントがまだ使える状態のためバイパスはつけませんでした。
術前に不整脈発作とくに心房細動AFを繰り返しておられたため、簡略に直すことになりました。心臓がかなり張っていたため、安全確実に体外循環・心拍動下に冷凍凝固を行いました。
術後経過は良好でまもなくお元気に退院されました。
狭心症に心房細動が合併するのは近年は稀でなくなりました。こうしたケースではそのどちらも治すことが大切と思います。
Bさん、これから自然な生活を十分楽しんで下さい。
◆患者さんの想い出3:
Cさんは70代後半の男性で心筋梗塞を 患われ、四国から来られました。
地元の病院ではカテーテルPCIも冠動脈バイパス手術もできないと言われ、ハートセンターへ来院されたのでした。息子さんが頭脳明晰な方でネットや本で徹底的に調べられたのです。
データを拝見しますと、前下降枝が完全閉塞しており、カテーテルの動画を見ても血管が映ってこないという困った状況でした。右冠動脈も同様につよく壊れていました。地元の病院で治療できないと言われたのはなるほどと思いました。
しかしそのままではCさんは永く生きられません。何とかする必要があります。
上記のカテーテルやCT、心機能のデータを併せ考え、私の経験上、おそらくオフポンプバイパス手術ができる血管があるだろうという読みで心臓手術に臨みました。
案の定、良い血管(左前下降枝)が隠れているのをみつけました。そこへ内胸動脈をバイパスし、良好な流量とパタンを確認しました。
これでこの患者さんの予後はぐっと改善しますが、さらに右冠動脈にもバイパスを付ける部位があることがわかりました。その一点にバイパスを付けました。これも良い流量とパタンを得ました。これでオフポンプバイパス手術の威力はさらに増します。
術後経過は良好で、以前からの心不全は少しあるものの、これから薬などで次第に改善できそうな状況でした。退院前に、Cさんは「自分は経済的にあまり余裕がないのでおしゃれな御礼はできません。そこで自分の作品でよければどうぞ」と見事な御自筆の書を下さいました。以後私のオフィスに飾ってあります。
Cさん、お元気で。遠方ですが、私が大阪に異動し、少し近づきましたので時々でもお越し下さい。
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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