4月17日に岡山で開催された循環器エキスパートミーティングに参加してきました。
(以下、ちょっと専門的ですみません、
一般の読者諸賢におかれましては専門用語を飛ばしてお読みいただき、
先端技術を開発する努力が行われていることを主に見て頂ければ幸いです)
岡山大学(伊藤浩教授)と川崎医科大学(吉田清教授)の循環器チームの合同研究会の第一回の集まりで、
光栄なことに講演で呼んで戴きました。
多数の先生方が参加され会場はにぎやかでした。
とくに若い先生方が多いのが良かったと思います。
プログラムは二部構成で第一部は機能性僧帽弁閉鎖不全症(略称FMR)をテーマとし、
第二部は循環器の再生医療をめぐってのお話でした。
第一部のテーマである機能性僧帽弁閉鎖不全症というのは僧帽弁そのものは壊れていなくても心筋梗塞や心筋症のため左心室が悪くなり、
その結果、左心室に支えられた僧帽弁がうまく作動しなくなる病気です。
たとえば心筋梗塞のあとに起こる虚血性僧帽弁閉鎖不全症は その代表例です。
まず川崎医科大学の大倉宏之先生が機能性僧帽弁閉鎖不全症でレニン・アンギオテンシン系の果たす役割を論じられました。
エコーの権威にふさわしく、エコーでの指標で患者さんの予後や治療方針をより正確にきめるためのヒントを下さいました。
たとえばE/e’ (イーオーバーイープライム)の有用性をこれまでの指標 decceleration time DTや駆出率、有効逆流口面積(ERO)などと併せて解説されました。
E/e’が15以上やDTが140ms以下あるいはERO>20mm2では要注意。
そのうえでレニンアンギオテンシン系の薬剤たとえばACE阻害剤やARBで機能性僧帽弁閉鎖不全症FMRの予後がどのくらい改善されるか考察されました。
機能性僧帽弁閉鎖不全症の各指標たとえばテント化面積等と予後の関係を説明されました。
これも実感があり、
私たちは手術のときに僧帽弁テント化をできるだけ減らす工夫をしており、
それによって機能性僧帽弁閉鎖不全症が再発しにくく、患者さんは安定して元気になりやすいのです。
また手術をしない場合はもちろん、手術をする場合でも、
術後にこれらのお薬(ACE阻害剤等やβブロッカーも)をしっかり使って心臓や心筋をさらに良くする私たちの努力を論じました。
こうした努力で患者さんの予後は一層良くなることをご紹介いたしました。
ついで斎藤顕先生が機能性僧帽弁閉鎖不全症のときの僧帽弁や弁下組織のジオメトリーを実際のエコーデータをもとにして詳述されました。
患者さんによってはテント化面積(TA)が増えれば前尖がそれを補うかのように大きくなることを、
独自の三次元エコープログラムを用いて示されました。
確かに手術の際、そうしたケースを見ることがあり、
自然の妙に感心するとともにエコーの精度や情報量もここまで進化したものと感心しました。
前尖と後尖のかみ合わせの深さ(Coaptation Length)が短くなると機能性僧帽弁閉鎖不全症が起こり易く、
とくに後尖中ほどついで後交連側でCLが短くなることを示されました。
普段、経験的に感じていることをきちんと測定し数字で表わされる技術に感心しました。
第一部のトリ(光栄です、吉田先生・皆さんありがとうございます)として
私が外科の観点から機能性僧帽弁閉鎖不全症解決の努力の跡をご紹介しました。
機能性僧帽弁閉鎖不全症は弁膜症の顔をした左室の病気であること、
それゆえ手術や治療はできるだけ左室そのものを治すようにしていることを示しました。
さらにこれまで問題とされた前尖のテント化は左室形成術(セーブ手術、ドール手術やバチスタ手術など)または弁下組織の手術でほぼ解決でき、
現在は後尖のテント化の手術法開発に努力していることをご紹介しました。
最近は後尖のテント化もほぼ解決できるようになり、
今後、手術法として世界に発信して皆さんのお役に立てればなどと期待しています。
虚血性僧帽弁閉鎖不全症の手術前後の変化を数例のエコーなどの実データでお示しし、
さらに拡張型心筋症に合併した機能性僧帽弁閉鎖不全症でのデータも見て戴きました。
総合ディスカッションでは多数の前向きのご質問をいただき、光栄に思いました。
とくに伊藤浩教授はこれまでの豊かな臨床経験に裏打ちされたご質問やコメントを下さいました。
たとえばCRTを十分に薬(ACE阻害剤やβブロッカーなど)を使わずに入れる世間の風潮に対して警告を発しておられるなどは、
循環器の臨床を深く理解した良心的なご方針で感嘆いたしました。
第二部は再生医療それも最先端のお話で、
岡山大学循環器疾患集中治療部准教授の王英正先生と、
慶応義塾大学循環器内科教授の福田恵一先生というこの領域のトップオーソリティのお話でした。
まず口火を切って岡山大学の赤木先生が肺高血圧症の新しい治療法をご紹介されました。
岡山大学の肺移植日本一の実績をもとにして多くの検体やデータからエポプロステノールという薬で肺血管を和らげる方法を説明されました。
王先生は以前、京都大学病院の探索医療センターで准教授として心臓幹細胞の実用化に向 けて努力され、
実際の患者さんに応用する手前の段階まで行ったのですが、
残念ながらそこでプロジェクトが時間切れとなってしまった経緯があります。
当時、私も心臓外科として参加させて戴き、
タイミングさえ許せば王先生の心臓幹細胞を私の虚血性心筋症の患者さんの手術時に移植し、
患者さんの心機能をさらに改善する治療を行う予定でした。
王先生の相変わらずエネルギッシュなお姿と、
新天地でご活躍のご様子に触れ、うれしく思いました。
準備が進めばいずれ臨床応用まで進められると確信しています。
福田先生は幹細胞をもちいた再生医学・再生医療のオーソリティーで以前から何かとご指導戴いている先生ですが、
この3月に慶応大学医学部循環器内科の教授に着任され、名実ともに日本の循環器再生医療のリーダーの一人になられた先生です。
淡々とした語り口調のなかで、福田先生がこれまでやってこられた膨大なお仕事(幹細胞とノギンやG‐CSFその他)のエッセンスを改めて見ることができ感動しました。
幹細胞から心筋細胞を誘導するのは以前から福田先生の芸術的技術ですが、
最近はあのiPS細胞でもそれが実現し、さまざまな応用を検討しておられるようで、
これまた感心いたしました。
iPS細胞は、ご存じのように京都大学の山中伸弥教授が2000年代中ほどに動物ついで人間でも確立された将来の夢の幹細胞です。
患者さん自身の細胞たとえば皮膚などの細胞にある種の遺伝子(ヤマナカファクターと呼ばれます、これを発見したこと自体が奇跡と言われます)を入れて、
ES細胞などとそっくりな性質を再現するものですが、
そのiPS細胞から心筋細胞が誘導つまり造れるとなれば、さまざまな応用が見えてきます。
たとえば特発性心筋症その他の心筋症での心筋細胞を造り、病態の解明や治療法の開発にはずみがつきます。
その心筋細胞をもちいて新薬の開発、いわゆる創薬も進むでしょう。
新しい抗がん剤などもその患者さんの心臓に副作用がないことを確認できるようになれば大きな進歩になると思います。
そして最後にそのiPS由来の心筋細胞を心筋症・心不全の患者さんに移植する、その道が少し見えたように感じました。
そのためにどの経路で細胞を患者さんの心臓まで届けるか、
あらたな細胞シートの開発なども含めて研究を進めておられることを知り、大変勇気づけられました。
細胞シートの間でもちゃんと電気的興奮が伝達できるレベルに達している(つまりシート同士が機能的につながっている)のはお見事でした。
iPS細胞由来の心筋細胞は造ることができても、それを患者さんに直接注入するまではまだ時間がかかるとのことでしたが、
将来はいけるのではと思いました。
エキスパートミーティングの後は懇親会という立食パーティで皆さんとゆっくりお話できました。
学ぶところの多い会で大変感謝しつつ帰りの新幹線に乗りました。
お世話下さった吉田清先生や川崎医大の先生方、伊藤浩先生、ありがとうございました。
2010年4月18日 米田正始
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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