かつて悲劇の合併症を世界的に引き起こした睡眠剤・サリドマイドが四肢の奇形を起こすメカ ニズムが最近、解明され3月12日付の米科学誌サイエンスで発表されました。朝日ドットコムによれば、東京工業大(半田宏教授ら)と東北大のグループが、サリドマイドの副作用にかかわる体内のたんぱく質を見つけ、動物実験で確かめたのです。サリドマイドが手足の発育に重要なセレブロンというたんぱく質と結合し、セレブロンの働きを邪魔するために、手足の小さいこどもが生まれることがニワトリやゼブラフィッシュをもちいた動物実験で証明されたわけです。
医療と医学のつらい歴史の中で画期的な業績と思いました。
サリドマイドで悲劇的な合併症が1960年ごろから発生してメカニズム解明まで実に50年近い年月がかかったわけで、医学・科学の研究とはそれほど大変で難しいものであるというのを改めて痛感します。
では悲劇の発生の防止に50年もかかったかと言えばもちろんそうではありません。臨床医の経験や勘、そしてデータの検討から早い時期にサリドマイドの有害性は指摘されていました。行政がそれを直視した対策をとっていなかったことが被害を大きくした主因でした。
そこで一つ思うことは、科学的「因果」関係が重要であることは確かであっても「連関」関係だけでも急場をしのぎ多くの人たちを助けることができるということです。昔アメリカのスタンフォードで虚血性僧帽弁閉鎖不全症の研究していたころ、僧帽弁や左室のジオメトリーの変化と僧帽弁の逆流の因果関係を調べていて、それがほぼ因果関係と言えるレベルのものであっても、完全に科学的にそうとは言えない、そうしたときに連関関係 associationという表現で正確を期すように恩師に教えられたものです。あるいはより根拠と確信があれば「おそらく」とか「あり得る」因果関係、などの表現を使うなどですね。
つまり科学的な厳密さを追求することの意義は大きくても、それに長大な時間がかかりその 間に多数の犠牲者がでるよりは、統計上の連関だけで警告と予防措置をとり、被害を食い止め、その間に真実を証明すればよいわけです。現代の生物統計学、医療統計学、臨床疫学は多数の犠牲者を救えるだけの方法論と信頼性を持っていると思います。とくにしっかりしたデータベースがある領域ではそれが一層容易です。
たとえば妊婦のサリドマイド服用と手足の発育障害との相関関係が判れば、一万人単位の妊婦さんでデータをとらせて頂き、服用薬剤などをすべて記録し、足の発育障害の原因になり得る要素たとえば心臓や骨その他の遺伝性疾患などもできるかぎりチェックし、それ以外の一般データとともに多変量解析すればサリドマイドが有力な要因として統計学的に浮かび上がってくるはずです。
かつての日本では学問や科学を厳密に追求するあまり、時間を浪費してしまい、その間に多数の被害者を出したケースが薬害などで多々あり、学問や科学のありかたにある種の疑問を抱かせることがあったことは残念なことです。かつてアインシュタインは言いました。科学研究とは単に知識や情報を増やすためにやるのではない。ヒューマンな目的性が必要という主旨です。サリドマイドの経験からこうしたことを再確認すべきと思います。
2010年4月11日 米田正始
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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