5月15日土曜日に第三回春日井ハートフォーラムが開催され、講演させて戴きました。
心臓血管外科手術のお話を実際の症例、とくに春日井市や可児市エリアの先生からご紹介頂いたケースをもとにいたしました。
一例目は二弁置換術後25年の50代患者さんで、心不全が進み、左室駆出率が16%(正常 値はおよそ60%)で来院されました。症状も強く、しかも肝臓が傷みつつあるため早く手術してあげたいのはやまやまですが、状態が悪いため、まず内科治療つまりストレス軽減や塩分制限、食養生から適度な運動などの方法でこれを改善し、勝てる確率を上げる努力を行いました。
状態がかなり良くなってからポイントを絞った手術でスムースに元気になられ、10日ほどで元気に退院されました。
手術中の所見では、25年前に僧帽弁の位置に取り付けられた人工弁(機械弁つまり金属の弁です)にはパンヌスと呼ばれる患者さんの組織がくっついて動きを妨げ、弁機能不全に陥っていた上に、昔の人工弁縫着部が裂けてそこから血液が逆流していました。そこでこの人工弁を周囲の組織を壊さないように注意して取り外し、新しい人工弁を取りつけ、さらに前回裂けていた部位を補強し、手術は完了しました。
もうひとつの人工弁は調子上々のためそのままにし、別の弁(三尖弁)は僧帽弁が良くなればおのずと良くなるだろうという予想どおり、無手勝流で逆流ほぼ解消しました。患者さんの状態が良ければ三尖弁も修復したかったのですが、それに体力が耐えられない可能性があったため、結果も良いためちょうど最適のラインで手術できたものと考えました。
医学の進歩、心臓血管外科の進歩でこうした弁膜症の術後、長年経過した患者さんは増えています。名古屋ハートセンターへはこうした患者さんが毎月複数来られます。こうした患者さんではさすがに永い間にさまざまな無理が弁や心臓に起こり、そのままでは危ない状態の方も多いです。しかもこの患者さんのように、他の病院で手術危険と断られたり、内科の先生もどうしたものかと悩まれることはよくあります。そんなときお力になれればと思います。こうしたことを討論させて戴きました。
また外科は手術するだけでなく、心不全や全身管理に詳しい内科の先生方と協力して手術前から手術後長期間にわたって患者さんを守る努力をすることが大切であることもお話し、良いご意見を多数戴きました。
もう一例、比較的珍しい心臓の悪性腫瘍つまりある種のがんの患者さんの手術をご紹介しま した。がんが何と心臓の中に発生し、肺動脈や心臓の右心室の出口がつまりそうになり、強い心不全症状が出て、もうあと1カ月ももたない、無理すればまもなく突然死しかねない状態の患者さんでした。救命手術として腫瘍の大半を取り、血液はきれいに流れるようになり、患者さんはすっかり元気になられました。できるだけ永く効果が持続するように、いくつかの隠し味手術を併せ行いました。腫瘍を100%完全に取り去るためには心臓を全部取り去り心移植するしかない状態でしたが、80歳近いご年齢では心移植は許されないため、まず当面元気に生きて戴くことを目標として手術したわけです。
私は年間2000例の、日本では考えられないほどの手術をやっていたカナダの病院で6年以上修行し、こうした患者さんを10例あまり診ていました(英語論文248番をご参照ください)。その中に3年以上元気に生きてくれた患者さんもあり、1年以上元気に暮らしたあと心移植で完治した方もあったため、ケースバーケースである程度まとまった年月をまずまず元気に過ごせることを知っていたため、一層前向きの治療になりました。願わくば患者さんが充実した毎日を、永く続けて頂ければ、患者さんや皆の努力は報われると思います。こうしたケースをめぐって建設的な討論を行いました。
そのあと、最近患者さんが増えている虚血性僧帽弁閉鎖不全症のお話をしました。心カテーテル治療とくにPCI(カテーテルによる冠動脈の治療で、ステントとくに薬剤ステントDESなどを使います)の進歩で、狭心症や心筋梗塞の患者さんの多くは救われるようになりました。素晴らしいことです。ただ永い間には、病気も進み、何度もPCIが必要になったり、また心筋梗塞を起こしたりで、心臓が次第に動かなくなり、左心室が崩れて僧帽弁が逆流するケースが増えました。これが虚血性僧帽弁閉鎖不全症(略称IMR)です。
つまりIMRは弁膜症の形をした左室の病気です。それで治療も弁だけでなく左室をできるだけ治すことが予後の改善に役立つことをお示ししました。皆さんのご要望で、実際に動いている心臓を外側内側とも手術で治すビデオも見て戴きました。ちょっと気持ち悪いとの声もあとでお聞きしましたが、心臓って結構治せるんだねと言って頂きうれしく思いました。
実際PCIを繰り返し、IMRの状態になってもそのまま薬だけで何となく放置され、次第に亡く なっていくというケースが多いことは知られています。やはり内科と外科の協力でカテーテル治療では治せなくなった患者さんを一緒に守る、手術で良くなるケースでは手術を行い、そのあとも薬や心臓リハビリうまく駆使して心機能を回復させる努力をする、これが大切です。
フォーラムのあとの懇親会ではビールを酌み交わしながら面白いお話を聴かせて戴きました。心不全で肝臓が悪くなった患者さんでは心臓を治せば肝臓も改善するのですが、もともと肝臓が悪い場合の見分け方など、非常にレベルの高いディスカッションもでき、充実した楽しいひとときでした。またエコーの技師さんや薬剤師さんらもお越しいただき、それぞれの大切な役割を共に認識できたのもうれしいことでした。
お世話下さった灰本クリニックの灰本先生に厚く御礼申し上げます。
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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