心臓外科医の日記 第10回心血管再生先端治療フォーラム
大学を去ってからは張り切って臨床専門の毎日を送る私ですが、世話人ということでこの再生フォーラムには引き続き参加させて戴いております。難病を何とかして治したいという気持ちからタイで再生医療を何とか続けたり、アメリカの再生医療ベンチャー会社と協力しているということからも大変参考になっています。
今回の日記は先端医療関係とはいえ、やや専門的になりました。一般の読者諸賢には内容よりもさまざまな努力と進歩がなされていることを感じ取って頂ければ幸いです。
今回は名古屋大学循環器内科教授の室原豊明先生の当番で例年どおり東京で開催されま した。世話人の京都府立医大循環器内科の松原弘明先生や慶応大学循環器内科の福田恵一先生、大阪大学の森下竜一先生、先端医療センターの浅原孝之先生、東北大学循環器内科の下川宏明先生らをはじめとするそうそうたるメンバーを始め、いつもながら多数の熱心な先生方が参加されました。
今年はとくにユニークな研究の発表があり、また招請講演のエモリー大学レファーDavid Lefer教授の新展開の研究のお話もあり、大変有意義でした。
心臓外科臨床医としていくつか印象に残ったものをご紹介します。
大阪にある田附興風会北野病院循環器科の宮本昌一先生、野原隆司先生らのグループは加速ベッドというある種の振動ベッド療法をヘパリン使用と併用して心臓の血管新生治療を行い、心筋虚血や心機能の改善を報告されました。野原先生らは以前からヘパリン運動療法などを用いた血管新生治療の実績が豊富で、それをさらに進められたわけです。この加速ベッドは数年前にアメリカで少し話題になった方法ですが、それをヘパリン使用によってさらに効果的なものにされたようです。ヘパリンによってHGFという血管新生たんぱくが増えますし。私たちが以前から試みているbFGF徐放による動脈新生治療と併用してみたく思いました。
佐賀大学の中山功一先生、森田茂樹先生、野出孝一先生らのグループは移植細胞を三次元的に組み立てる方法を開発されました。これまでは細胞を増やすことはできても、臓器を念頭に置いた3次元的組み立ては困難でした。東京女子医大の岡野先生らの心筋細胞シートなどのユニークな試みもある程度の厚さで壁に当たっていた感がありました。それを佐賀の先生方は生け花の剣山のような型をもちいて細胞を3次元的に組み立てることに成功されたのは大変立派と感嘆しました。心筋細胞は相互に接着する力があるため心室壁の3次元構造を再現することも可能で楽しみです。
慶応大学循環器内科の下地先生、福田恵一先生らのグループはES細胞やhiPS細胞(一世を風靡したヒトiPS細胞です)から心筋細胞を誘導するのにG-CSFが有用であることを示されました。福田先生は心筋細胞誘導の世界的権威ですが、これまでのノウハウを活かしてhiPS細胞をも使えるものにされたことは以前の研究会でもお聞きしていましたが、あらためてその力量に感嘆しました。あのhiPS細胞が一歩ずつ臨床応用に近づいていることは素晴らしいことです。
岐阜大学循環器内科の川村一太先生・湊口信也先生らのグループはマウス下肢虚血モデルで計画的瀉血(血液を抜くこと)が血管新生に役立つことを示されました。瀉血によって血中のエリスロポエチンが増えることでその血管新生作用が発揮されるというわけです。うまくやれば簡単に効果的血管新生ができる可能性があり、ユニークな発想に感心しました。普通は瀉血といえば貧血を連想し、貧血は虚血を悪化させるのが通常ですので、慧眼と思いました。
久留米大学循環器内科の小岩屋宏先生・今泉勉先生らのグループは血管内皮前駆細胞EPSに磁性体粒子を取りこませ、かつ虚血部に人工磁場を造ることで、EPSが虚血部に集まるように工夫した血管新生療法を発表されました。こうした局所集中型治療は効率が良く安全性が高いため私たちもbFGFの徐放などで試みて来ましたが、EPS細胞でも実現されたのは素晴らしいと感心しました。
東北大学循環器科の松本泰治先生・下川宏明先生らのグループは大動脈弁狭窄症で壊れた大動脈弁が、左室側ではなく大動脈側の内膜剥離や障害が多く、そこでは血管内皮前駆細胞EPCが少なくTRF2の発現も低下していることが示されました。過去にアメリカや日本で大動脈弁を削ったり肥厚部分を切除する試みが行われ、良い結果が出なかったことがなるほどとうなづける内容でした。将来の弁膜症治療の土台になる研究と思われました。
他のご発表もいずれも興味深く将来性のあるものと思いましたが、ここでは臨床医として応用できそうなものの一部を記載致しました。
一般演題の発表につづいて、エモリー大学のレファー教授の講演がありました。硫化水素H2Sの臨床応用についてのお話でした。
この20年ほどの間に解明開発されたガスで心臓血管病の治療に使えるものとして一酸化窒素NOや一酸化炭素COが有名ですが、H2Sはそれに続く画期的なものといえそうです。抗酸化作用、抗炎症作用、アポトーシス防止作用、血管新生作用、ミトコンドリア機能保護作用、心筋保護作用などのさまざまなメリットが示されました。それらの結果、心筋梗塞後に梗塞範囲を減少させたり、心不全時に心機能を保護するなどの改善に結びついたようです。
オフポンプ冠動脈バイパスで有名なパスカスJohn Puskas先生らと同じチームで、これからの展開が楽しみです。ちなみに日本の温泉でH2Sが成分の一つになっているところがあるから一度招待しましょうかと持ちかけたところ、受けました。あの臭気ある硫化水素が意外に体に良いとは、昔の人たちの知恵には感心してしまいます。
フォーラムの締めとして兵庫県立尼崎病院院長の藤原久義先生が挨拶をされました。かつてこの病院の心臓血管外科をより活発にすべく努力した際にサポートして下さった先生なので大変懐かしく思いました。
再生医療は多くの発見や発明に支えられ、着実に進化を遂げて来ましたが、まだまだ未解決の問題も多く、簡単な領域ではありません。しかしこうした立派な仕事を拝見し、これからの展開が期待できると思いました。私自身もせっかくここまでやってきた再生医療をタイや日本でさらに進める努力を続けようと教えられたような気がします。お世話になりましたファイザー製薬の皆さま方に感謝申し上げます。
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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