心臓弁膜症の患者さんが肺疾患や腎臓その他の内蔵の病気を併せもっておられるというケースは年々増える傾向にあります。
心臓手術に際しては心臓を治すのはもちろんですが、全身の状態を考えて、全身が守られる状態で治療することが大切です。
患者さんは79歳女性です。
圧較差140mmHgの大動脈弁狭窄症のため来院されました。
左室壁厚は16-17mmと左室肥大著明でした。
他に気管支喘息、高血圧症、高脂血症をお持ちでした。肺機能について、%肺活量は51%、肺活量実測値は1.04L、一秒率は52%でした。
全身麻酔下に胸骨正中切開しました。
上行大動脈の遠位部で通常大動脈遮断する部位に直径1cmのプラークが認められ、
脳塞栓防止のためここを避けてすべての大動脈操作をするようにしました。
大動脈弁は2尖でいずれも強く肥厚・石灰化し相互に癒着していました。
また上行大動脈の拡張もこのためでした。
これを切除し、弁輪まで及ぶ石灰をすべて摘除しました(左図)。
ウシ心膜弁21mmを縫着しました(右図)。
狭小弁輪の傾向がありましたが、この患者さんの体格に必要なサイズであるため工夫して入れました。
必要あらば弁輪拡大を行えばよいのですが、
弁輪拡大なしで行ければそれだけ短時間に低侵襲(体への負担が少ないこと)で手術できるので、工夫したわけです。
上行大動脈を二層に閉じ、エア抜きののち大動脈遮断を解除しました。
カテコラミンを使用することなく体外循環を容易に離脱いたしました。
経食エコーに良好な大動脈弁機能と心機能を確認しました。
上行大動脈が手術前に直径55mm近くまで拡張していたため、本来は上行大動脈置換術を行いたかったのですが、
肺機能が悪く、なるべく短時間で体外循環を終えることが患者さんにとって大切であるため、体外循環をまず終えてから、ラッピングという方法で上行大動脈のほぼ全部を包みこみ、将来の瘤化を防ぐようにしました。
その結果、上行大動脈の径は40mm近くまで改善しました(右図)。
止血ののち、心膜を閉じ、閉胸し手術を終えました。
血行動態良く出血も少なく、神経学的問題もなく、
術翌朝抜管し、一般病棟へ戻られました。
もともと気管支喘息をお持ちのため呼吸器の管理・治療にも力を入れ、
早い時期から呼吸訓練や運動を開始しました。
その後も経過順調で、肺の治療などに時間を十分使い、術後3週間で元気に退院されました。
術後1年でお元気に暮らしておられ、大動脈弁(生体弁)も心機能も良好で、
左室壁厚も12-14mmまで改善しつつあります。
術後3年でも心臓・上行大動脈とも安定しており、お元気に過ごしておられます。
大動脈弁狭窄症は高度になれば手術前は突然死の心配もあり要注意です。
しかしいったん手術を乗り切ればあとはかなり安全性が高まります。
このケースのように気管支喘息などの肺疾患があっても
心臓の状態が改善しているため比較的工夫がしやすいです。
ただ肺疾患のために入院期間が長くなることがあり、
それを避けるために、上記のようにできるだけ手術をコンパクトにまとめ上げる、
熟練度を活かして短時間で仕上げるようにしています。
また近年はミックス手術(MICS、小切開低侵襲手術、代表例はポートアクセス法)で
早い社会復帰や痛みの軽減、きれいな仕上がりをはかることが増えました。
痛みが減れば、深呼吸などの呼吸訓練もやりやすくなり、安全性の向上に役立つのです。
その患者さんの状態にあったベストな方法を選ぶようにしています。
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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