エコー神戸2010にて

Pocket

この7月24日と25日に、エコー神戸に行って参りました。遅くなりましたがその印象記です。なお今回の記事はやや専門的ですので一般の方々にはこうした努力を専門家たちが日々行っているというのを知って戴く程度の流し読みでお願いいたします。

エコー神戸は日本心エコー図学会が主催する夏季講習会のことで、例年神戸・ポートアイランドのポートピアホテルで開催されるためこの愛称がついているものです。
すでに歴史があり今年で19回目となりました。
私は畏友・吉田清先生(川崎医大教授)のご厚意でこの会に以前から参加させて戴いており、すでに10回以上参加しているように思います。

大きな会場は満員御礼状態でした 内容は講習会として多くの心臓関係の先生方や直接エコーを撮ってくれる技師さんたちに役立つ内容ですが、同時に世界の最先端の内容を網羅しているという点でも優れた会と思います。エコー先端技術のお話でもまだ確立していないものはあまり詳しく述べられず、参加して下さった方々が聴いたぶんだけ得するという良心的配慮がなされていると思います。

私は心臓外科医ですので心臓外科手術の観点からなるべくお役立ち情報を提供するように努めています。また外科医のコメントが必要なときになるべく現場の実際をお伝えするようにしています。

今年のエコー神戸では経カテーテル的大動脈弁置換術(略称TAVI)時代つまり従来の外科手術ではなくカテーテル等を用いた大動脈弁置換術を踏まえて、大動脈弁狭窄症の心エコー図診断と手術適応というテーマでシンポジウムが組まれました。大変タイムリーな企画でした。
吉田清先生と私で司会をさせて頂きました。いくつか印象的だった内容をご紹介します。

まず吉田先生が2007年日本循環器学会ガイドラインを簡潔に解説されました。重症の大動脈弁狭窄症で症状がある場合はもちろん、症状がなくても左室駆出率が50%未満に低下したり弁の高度石灰化や急速な進行があれば手術適応になり得ることをお話されました。こうしたガイドラインを私たちは遵守して手術や治療を行いますが、循環器内科専門医の先生でもこのガイドラインをご存じない方があり、さらなる啓蒙活動が必要と思いました。

ついで大阪大学の山本一博先生が大動脈弁狭窄症のエコー評価について解説されました。カテーテルでの圧測定よりもドップラーの方が正確である理論的背景を説明され皆さん大変参考になったと思います。また圧の回復現象を説明され、この点でもカテーテル圧測定では誤差が生じることが判りました。同じ内科でも弁膜症はやはりそれに詳しいエコー専門家がベストと感じました。

ついで山口大学の村田和也先生が大動脈弁狭窄症診断の落とし穴を話されました。とくにParadoxical Low-Flow, Low Gradient ASつまり心拍出量が少ないため、ASの圧較差が小さくなり、実際よりも軽症と間違ってしまうことです。これは心臓外科医とくに心不全や低心機能例を手術している人たちにはおなじみのことですが(結構苦労して治すこともあります)、EBMデータとエコーデータを駆使してきれいに解説されました。

川崎医大循環器内科の大倉宏之先生も同様の視点から心エコーの有用性をさらに掘り下げて考察されました。Peak-to-peak 圧較差と瞬時最大圧較差の違いと、さらに圧回復現象をお話されました。圧回復現象は大動脈弁を超えたばかりの地点での血圧よりも上行大動脈での血圧が高くなる現象で、そのためにカテーテルは圧較差を実際より低く見積もってしまうとのことでした。思えばこれは生理学の基本つまり健常者では末梢へ行くほど血圧が上がることと一致する、自然なことですが、多くの方々はそこまで考えていなかったと思います。この圧回復現象を考慮した指標、ELCoを説明されました。
エコー研究の深さとともに、レオナルドダビンチが考察したバルサルバ洞の構造の妙にあらために感心しました。

左ミニ開胸して心尖部から入れるカテーテル弁の一例です 私(米田正始)はカテーテル弁の時代を目前にして、大動脈弁狭窄症ASへの外科治療は単に弁を換えているだけではないことをお話しました。
重症ASは突然死などが起こり易く、胸痛や心不全あるいは失神発作がでている患者さんはそのままでは1年以内に多くが死亡されますが、手術すればほとんどが長期生存されます。手術のメリットが大きな病気と言えるわけですが、超高齢や全身状態が悪いなどのケースではカテーテルで挿入する生体弁、いわゆるTAVIが役立ちます。欧米ではすでに多数行われており、日本でも臨床治験が始まります。
ただカテーテル弁はまだまだ合併症が多いため、従来型の手術ができないときに限られ、狭小弁輪や感染性心内膜炎の患者さんなどでは今後も従来型手術が活躍するでしょう。その中で心エコーの役割はますます大きく、治療方針決定の要であることをお話しました。

オハイオ大学のVannan先生は大動脈弁治療における3Dエコーの有用性を講演されました。大動脈弁は弁輪、弁尖、バルサルバ洞、そしてST junctionから上行大動脈までの多数の部分から成っており、3Dエコーはそれぞれの情報を与えてくれるため、手術方針の決定とくに弁形成や大動脈基部再建には極めて有用です。それらを美しいエコービデオで解説され大変参考になったと思います。

Vannan先生のおはなしを受けて、コロンビア大学のHomma先生は経皮的大動脈弁置換術(カテーテルによる弁置換)における心エコー図の役割についてお話されました。
そのあと症例検討会が行われ、講演された先生方が興味深い症例が提示されました。
中にはカテーテル弁置換で亡くなられたケースを正直に出された先生もおられ、立派でした。やや大きい左冠尖がカテーテル弁のため左冠動脈入口を閉塞したそうです。新しい治療法ではこうした不運なケースが世の中に必ず存在し、反省検討しそれへの対策を立てることで治療法が改善し確立して行くからです。

私は高度のASに生体弁で大動脈弁置換術を施行したところ、術前から軽くあったIHSS(心室中隔の肥厚)が顕著になり僧帽弁逆流が発生したため、ただちに生体弁越しに異常心筋切除を行い、逆流も消失し元気に退院されたケースをご紹介しました。こんな恐ろしいことが起こるのか、しかし経験豊かなチームは良いねというコメントを戴きました。

エコー神戸では1日目の午後に主な症状からアプローチする心エコーの方法にたいする解説がありました。たとえば呼吸困難や胸痛、失神などです。

午後の後半には心不全エコーのセッションがありました。
兵庫医大循環器内科の増山理先生は収縮不全と拡張不全についてお話されました。
収縮不全は治療法がいくつもあり、心臓外科の観点からも僧帽弁や左室などを治すことで改善する心不全が少なくなく、患者さんにも元気になりましたと喜んで頂けることが多いためそう悪くはありません。
しかし拡張不全はまだまだ問題課題が多く、外科的にも手が出せないケースが多い、未開の領域と思います。ご講演でもこの20年以上の間、目立った進歩がなく今後さらなる努力が必要であることを強調しておられ、同感でした。個人的にはHGFを用いた再生医療で心筋の線維化を軽減することが有用というデータを持っており、臨床応用への努力をしていますが、日本では時間がかかります。

Yonsei大学のHa先生は収縮性心膜炎の権威ですが、その診断をとくにエコーなかでも組織ドップラーエコーによる診断を詳述されました。一見目立たない病気ですが、正確に診断しないと予後も悪く症状も強いため、この領域のエコーが進歩し確立すれば患者さんへの恩恵は大きいと思いました。

島根大学循環器内科の田辺一明先生は心房細動例での心機能評価法をお話されました。一拍ごとに状態が変化する心房細動例では多数の拍動の平均値でアプローチするか、先行R-R間隔が正常のときの心機能を調べるなどが一般的と思いますが、とくに左室拡張機能を評価するときの盲点を解説されました。

Vannan先生ついで大阪大学の中谷敏先生が心室再同期療法CRTにおける心エコーの役割やコツをお話されました。
心不全の治療に力を入れて来た経験から、CRTの効果はけっこう良い場合があり、CRTのおかげで術後強心剤の点滴から離脱でき、元気に退院されたなどの経験があり関心をもって拝聴しました。A-V delayつまり心房と心室のペーシングのタイミングの調整が重要であることを改めて認識できました。最近はそれに適したソフトが使えるようになりありがたいことです。またA-V delayについで、心拍数の調整も重要であることをお話されました。

エコー神戸は2日目も有意義なセッションが続きました。午前中の弁膜症と先天性心疾患のセッションは、成人先天性心疾患の手術に力を入れてきた経験からも興味深く拝聴しました。
午後の虚血性心疾患への負荷心エコー図も有用なセッションと思いましたが所用のため参加できず残念でした。

総じてエコー神戸は今年も賑やかで有意義な講習会でした。懇親会も例年どおり賑やかでした。外科の集まりとはまた違う、どこかアットホームな雰囲気と、低侵襲検査法のためか(?)、何となく穏やかなやさしい空気がこの会の特長と感じました。来年もまた新たな成果と楽しいひとときがもたれることを祈ります。会長の吉田清先生、お疲れ様でした。写真を提供して下さった川崎医大の斎藤顕先生、ありがとうございました。

Pocket

----------------------------------------------------------------------
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
----------------------------------------------------------------------
当サイトはリンクフリーです。ご自由にお張り下さい。