アジア弁膜症シンポジウムにて

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10月6日から10日まで第6回アジア弁膜症シンポジウム、正式名称 Mulu Rafflesia心臓弁膜症シンポジウムに参加しました。(申し訳ないのですが、学会の報告はどうしても医療者向けになり、ちょっと専門的ですので一般の方は各論的なところは読み流してください)

2年に一度、アジアのどこかの国で開かれるのですが、欧米からも有名な先生方が 今回はネパールで開催されました。素朴な良い国でした。 多数こられることと、ある程度の規模に抑えて交流を図ることをモットーにしているシンポジウムです。心臓外科領域では有名なロッキーマウンテン弁膜症シンポジウムのアジア版として、ロッキーマウンテンの指導者であるデュランCarlos Duran先生の御指導のもと10年あまり前に発足したものです。私は6年前から世話人としてお手伝いしています。

今回は心臓外科領域の最近の進歩や変化を反映したタイムリーなものになりました。高齢化社会で弁膜症は増える一方ですし、若者を襲うタイプの弁膜症も少なくありません。社会的ニーズの高まりもあってホットな領域になっています。

初日はまずウィーン大学の大御所であるウォルナー Ernst Wolner先生が大動脈弁手術の最先端を論じられました。医師にはおなじみのビルロード先生(胃切除術を開発された歴史的な外科医です)の後輩にあたる先生ですが、カテーテルをもちいた新しい治療(TAVI)を含めた最先端状況を展望・紹介されました。いつもの鋭い眼光は健在でした。

ついで人工弁の感染性心内膜炎(略称PVE)をどう治療するかという、いわば難病対策のセッションがあり、さまざまな工夫が論じられました。タイの畏友 Weerachai Nawarawong先生は危険因子として術後早期のPVE、心不全、ブドウ状球菌、複雑なPVEなどを挙げ注意を喚起しました。もともと心内膜炎で心臓手術を受けた患者さんは何年経ってもまた心内膜炎になりやすい傾向を指摘されました。いずれもうなづける内容でした。注意が必要です。

インドの内科医Al Shahid先生はPVEでも予防が大切であることを強調されました。PVEでは安易なオペも考えものですが、脳出血が起こってしまうと手遅れであることも示され、リスクをしっかりと踏まえた的確な治療が必要で、妥当なことと思われました。

レセプション夕食会では早速旧交を温め賑わいましたが、食事しながら創部感染の防止の講演もあり、羽目を外し切れない真面目な会となりました。ネパール料理はスパイスが効いて食べやすいと思いました。隣国インドの料理に近いですが、違うところもあり、それぞれのお国柄と思いました。

翌日午前中は Show & Tellというセッションでさまざまな手術の工夫や問題提議などがありました。

小切開手術に関する発表がいくつかあり、ハートポート型の体外循環をもちいた小切開手術や胸腔鏡ガイド下での手術の近況が報告されました。メルボルン仲間である Almeida先生はロボットをもちいた僧帽弁形成術の経験を紹介されました。ロボットには賛否両論があるのですが、それに適した患者さんを選び、あまり無理をせずに余裕のある手術をするならば安全性は高く、コストも短期的には割高ですが、入院期間や退院後の復帰の速さを考えるとコストダウン可能という考えを示されました。日本でロボットの事故があったばかりなので、参考になりました。

モンタナのMaxwellマックスウェル先生は2年前からの友人で、上記のデュラン先生の後継者でさまざまな取り組みをしておられますが、ロボットやハートポートのお話から、究極の低侵襲という意味ではTAVI(カテーテルによる大動脈弁置換術です)などのカテーテルを基本とした弁へと進むであろう方向性を示されました。といってもカテーテル弁の術後1年で30-40%というずいぶん高い死亡率が報告されているという欧米の新情報も議論され、大動脈弁置換術の領域でもまだまだ外科手術が患者さんを助ける時代は続くという印象もあわせ持ちました。

不肖、私・米田正始は機能性僧帽弁閉鎖不全症たとえば心筋梗塞のあとなどに起こる虚血性僧帽弁閉鎖不全症拡張型心筋症にともなう僧帽弁閉鎖不全症への新しい取り組みをお話しました。先人たちの優れた仕事の上に立脚し、EBM(証拠にもとづく医学医療)を考慮し、より安定した弁形成術への道のりをご紹介しました。新しい手術法はちかぢか発表予定であるため、規約により「さわり」だけお話しました。これまでの術式たとえば弁輪形成や乳頭筋接合術などでもそこそこ良いのですが、それらでは解決しきれない僧帽弁後尖のテント化(左室側へ引っ張られて弁が閉じない)を解決するための工夫とあって多数の御質問を戴きました。感謝。もし近いうちに皆さんのお役に立てればうれしいことです。

その他にもいくつかの工夫が発表されましたが、虚血性僧帽弁閉鎖不全症のために開発されたGeoformリングの使用経験やピオクタニン色素をもちいた僧帽弁のかみ合わせ深度の有用性、あるいは僧帽弁の後尖腱索の前尖への転位など、すでに知られたものが中心でしたが、完成度が高くなりつつあるという点で評価できると思われました。

再び私が複雑僧帽弁形成術の症例をいくつか提示し、これまでの弁逸脱だけでなく、弁のけん引や3次元的変化など、さまざまな状況に人工腱索は対応できることを示しました。ぜひ使ってみたいので詳しく教えてほしいという反応を戴き、光栄に思いました。

2日目の午後は大動脈弁僧帽弁手術での新たな選択肢が論じられました。中でもタイの畏友Taweesak Chotivatanapong先生の自己心膜をもちいた僧帽弁形成術はいつもどおりきれいな仕上がりでした。通常形成が難しいリウマチ性の僧帽弁膜症でも70%は形成可能というデータを示されました。できるだけ劣化や短縮を防ぐためにグルタルアルデヒドで処理して使い、ここまで6年の経験では上々の成績ということでした。
この方法は以前からあり、これまで必ずしも良好とは言えない成績が大動脈弁形成術僧帽弁形成術で報告されており、これまでとどう違うから良いのか、という議論をさらに煮詰めることで、より良いものができるのではないかと思いました。個人的には自己心膜をよく使うのですが、大動脈壁や弁の根本付近など、長期間に多少変化しても安全な部位で使うようにしています。短期的には良くても長期間それが持続するかどうか、そこが問題です。日本でも積極的に試みておられる先生が若干あり、これまでの歴史を打ち破れるか、その展開を期待しています。

午後の後半は弁膜症手術の際に同時に行う心房細動(AF)手術のセッションでした。
最初にマレーシアのDillon先生が全体像を展望されました。マーシャル靭帯を処理し、ラジオ波と冷凍凝固を併用した熱心な方法を紹介されました。それでも左房径が60mmを超えると除細動は難しく、心房壁切除により心房縮小をしていたが、出血の心配があるため、最近は縫縮しているとのことで、以前からそれを提唱している者として、仲間が増えてうれしく思いました。

ドイツのライプチヒ心臓センターや中国その他の施設からさまざまな工夫が発表されました。とくにライプチヒのHolzhey先生は慢性AFには心内膜からの冷凍凝固がベスト、発作性AFには双極ラジオ波が有効というデータを出されました。理にかなった内容と思いました。

韓国のChang先生は長年の研究の中から冷凍凝固がもっともすぐれた方法であることをデータをもって示されました。同先生の延世大学へは以前講演に呼んで頂いたこともあり、交流の中で同先生の心房細動治療がライフワークであることは存じていましたが、それが学生時代からの夢であったとは知りませんでした。明確な夢や目標を持つというのは素晴らしいことと思いました。

それらを受けて、私は高度に心房拡張した難症例でも心房縮小メイズ手術を行えば除細動は可能であることを示しました。5年以上前から発表しているのですが、こちらの経験数が増えるに従って説得力も増しているようで、今回はより多数の引き合いがありいくつかの国へ実地指導に行くことになってしまいました。
スロベニアのGersak先生は心膜内視鏡を開発し、孤立性AFにも外科手術が有効かつ低侵襲であることを示されました。カテーテルによるアブレーションつまり焼灼治療にまだまだ課題がある中で、今後の展開が楽しみな方法です。

3日目は交流の日ということで皆観光ツアーに出かけました。私は他の写真仲間と一緒に飛行機でエベレストやヒマラヤ山脈を観るツアーに早朝からでかけました。エベレスト山はやはり特別なものを感じる雄大さがあり、朝5時起きして行ったかいがありました。
午後9時過ぎには他の皆さんに合流し、一日カトマンズやその周辺の観光を楽しみました。BhaktapurとDurbar広場をゆっくり観光しましたが、ネパールはまだまだ経済的に恵まれず、庶民の暮らしも大変と思いました。ただそれが不幸であるかどうかは別問題ですが。またアジアの最近の傾向に違わず、交通渋滞が多く、結構大変でした。夜は街灯が少ないため真夜中のような雰囲気になりますが、それでも多数の人たちが街に出て暗闇の中をショッピングしている風景には力強ささえ感じました。

4日目はまたぞろしっかり勉強で私が司会を務める中、このシンポジウムの締めくくりセッションとして三尖弁手術を論じました。いかにして弁形成を貫徹するか、またやむなく弁置換になる場合どうするのが良いかなどを論じました。その中には私たちが近年力を入れて来た永久ペースメーカーケーブルによる三尖弁閉鎖不全症も含まれ、議論は盛り上がりました。せっかく開発した良い方法を皆さんに使って頂けるよう、なまくらせずに早く論文を出したく思いました。

その後でウェットラボがあり、今回は三尖弁の意外に知られない解剖や特徴、さまざまな弁輪形成法をブタの心臓で練習して戴きました。上記のMaxwell先生やAlmeida先生、フィリピンの大御所らにまじって私もいろいろお世話させて戴きましたが、聴く耳のある外科医が多く、教えがいのあるセッションでした。
締めくくりのパネルディスカッションではシンガポールのLeng先生の基調講演を受けて、今後心臓外科医あるいは心臓血管外科医はどういう姿を目指すべきか、またそのための教育・研修制度はどうあるべきかを熱く議論されました。冠動脈や大動脈、あるいは大動脈弁の比較的シンプルな構造の病気は今後はカテーテル類をもちいた低侵襲治療がさらに増えて行くのは確実です。大変良いことで、医学の歴史は外科が治療をまず開拓し、それを徐々に簡単な薬などの内科治療へと進化させていく、その繰り返しで発展して来ましたが、心臓血管病も同じです。
同時に狭心症や心筋梗塞に対する永い治療の果てに左室そのものがどうにもならなくなって左室形成や僧帽弁形成を行って患者さんがさらに永く元気に生きられる治療をしたり、補助循環で社会復帰を応援するなどの新たな役割が心臓外科医には増えているとも言えるでしょう。あるいは心臓外科経験のある医師がERやICU等で活躍しているケースも多数あり、それらも途のひとつかも知れません。

患者さんに良いものが残り、それが栄える、それで良いのではないかと思います。しかし同時にこれまでの歴史は良いものが生き残るとは限らない、さらに、生き残っているものがベストとは限らないという教訓も教えています。たとえばビデオテープにおけるVHSとベータの闘いはその一例と位置づけられています。やはり良いものは良いということを、社会に啓蒙することは必須かと思います。
さまざまな勉強やそのお手伝いができて楽しいシンポジウムでした。最後の打ち上げのパーティは悪乗りの連続でしたが、また友人・仲間が増えて次の楽しみへとつながるシンポジウムになりました。最後にお世話になった代表世話人のSaw先生に御礼申し上げます。

 

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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