最終更新日 2020年2月28日
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◾️はじめに
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三尖弁形成術は一見目立たない手術ですが、患者さんに大きな貢献をもたらすものです。
うっ血のため全身に大きな負担をもたらす三尖弁閉鎖不全症(三尖弁が逆流する病気です)がお薬や安静などではコントロールできなくなったとき、
三尖弁形成術を行えば多くの場合、改善が図れるからです。
とくに肝臓をうっ血から守るという意義は大きいです。
内外の学会でも三尖弁形成術の重要性が認識される方向にあり、
実際これをテーマとしてよく議論が交わされるようになりました。
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◾️三尖弁形成術の基本術式
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三尖弁形成術の基本は弁の付け根である弁輪を
適正なサイズと形に形成する三尖弁輪形成術(略してTAP)です。
かつてはDeVega(ドゥベガ)法という、1対2本の糸で弁輪を縮小形成することから広がりました。
大変シンプルで短時間にでき、
しかも当時の知識からは理にかなった方法で三尖弁中隔尖はそのままにし、
前尖と後尖を糸で縮めるというものでした。
現在でも重症患者さんで時間の余裕がないときや、
弁輪拡張が軽いときなどに使える良い方法です。ポートアクセス法に代表されるミックス手術(創が小さく社会復帰が早いです)でも重宝することがあります。
しかしこのドゥベガ法は重症の三尖弁閉鎖不全症では長年月の長期成績で後述のリング法より劣り、
その原因は糸を支える組織が次第に切れて縫縮効果が薄れること、
そして中隔尖を守れないことなどが考えられました。
そこで私たちはもしドゥベガ法を使う場合にはリングと同じ部位に糸をかけ、これまでより長期安定性の良い、いわばドゥベガ変法をもちいています。
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◾️そしてリングによる三尖弁形成術
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その後パリのカーパンチエCarpentier先生が自ら開発されたCarpentierリングを用いた三尖弁形成術を発表され、
その優れた長期安定度から次第にこのリングTAPが標準手術として定着していきました。
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さらにモンタナの故・デュランDuran先生が開発されたDuranリングを用いたTAPも使えるよ うになりました。
このリングは柔軟なため、大動脈基部に三尖弁輪がやや圧迫されその形が平均的でない場合などに有用と考えています。
クリーブランドのコスグルーブCosgrove先生が開発されたCosgroveリングはDuranリングと異なり全周性でないため、
やや簡便に使えるという利点があります。
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◾️現代の三尖弁形成術用のリング
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現在は上記のリングに加えてMC3リングという三尖弁輪形成用リングが普及しています。
このリングは大動脈基部の自然のふくらみを考慮してすこしらせん状にねじれた形をし、
弁輪にきれいにフィットし、
また自然の弁構造を再現するという利点があります。
ただし大動脈基部が拡張ぎみ(しかし手直しするほどではない)のケースではMC3リングがフィットしないことがあります。
こうした点をケースバイケースで考慮してその患者さんに最適の三尖弁形成術を行うようにしています。
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◾️より高度な三尖弁形成術
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三尖弁輪形成術TAPだけでは解決しない三尖弁閉鎖不全症が時にみられます。
一般にはこうしたケースで三尖弁置換術、つまり人工弁で置換することが行われます。
しかし三尖弁置換術とくに機械弁の長期成績は必ずしも芳しくありません。
それは機械弁では血栓が僧帽弁よりできやすく、生体弁でも弁の劣化が起こりやすいからです。
そこで私たちはこうしたケースでゴアテックス人工腱索をもちいたり、自己心膜を用いて三尖弁をより精密に形成するようにしています。
これは僧帽弁の複雑形成術で培った技術で可能となりました(右図)。
たとえば腱索が長年の逆流や感染のために短くなったり切れたりしている場合、通常は形成できないのですが、人工腱索の技術ではそう難しくありません。
ケーブルのため腱索が巻き込まれてぐちゃぐちゃになっているケースでも
これまで形成が成功しているのはこのおかげです。
こうした工夫で対処できないケース、たとえば弁逆流のため弁尖が縮んだり厚くなったりしているときには、心膜パッチなどをもちいて弁を増幅するようにしています。これにより弁尖同士が助け合って正しく閉鎖できるようになります。
あるいは右室拡張で「浮き上がった」三尖弁前乳頭筋などを糸で心室中隔へ固定するなどの操作を加えることもあります。
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またMICS(ミックス、ポートアクセス法)と呼ばれる小切開低侵襲な方法による三尖弁形成術も実用化しつつあります。
右図の左側は標準的な正中切開の創を、右側はポートアクセス法での創を示します。
私たちの経験では三尖弁形成術単独でも、あるいは僧帽弁手術やメイズ手術との組み合わせでも、
安全にオペができ、社会復帰や美容効果も大きいものがあります。
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◾️三尖弁形成術の今後
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こうした工夫や新しい材料を駆使してさらに三尖弁形成術は進化していくものと考えます。
MICS法は一段と発展するでしょう。
さらに今後は大動脈弁に対するTAVIのような、
カテーテルをもちいて折りたたんだ生体弁を植え込むタイプの治療も加わり、
治療成績はさらに上がり、より多くの患者さんが恩恵を受けられるでしょう。
そうしたこともあり、オペできない、とくに肝臓がうっ血肝硬変になってオペ不可能と言われた方でも中にはそれができるケースが多々あります
(患者さんのお便りやペースメーカー三尖弁閉鎖不全症などをご参照ください)。
まずは経験豊かな医師と相談し、ともに考えることが大切です。
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一つお願い: 患者さんやご家族の中には状態がうんと悪くなってから連絡して来られるというケースがよくあります。お気持ちはわかるのですが、すでに寝たきりとか集中治療室に入ってからでは、手術に耐えられる体力がなく、どうにもならないこともあるのです。できればまだ何とか歩けるうち、これが有利なタイミングです。
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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