人口の高齢化にともなって大動脈弁狭窄症(略称AS)が増加しています。
この病気は70代から増え、80代に急増することが知られています。
弁の狭窄(狭くなること)が高度になれば心不全、胸痛、失神などが起こり、突然死したり1年以内に死亡するおそれの高い病気です。
大動脈弁狭窄症そのものは大動脈弁置換術(略称AVR)を行えば多くの場合、安全に、かつ元気に社会復帰できるため、
患者さんも医療者も治療のし甲斐のある病気です。
しかし高齢者なるがゆえに、さまざまな他病を抱えた患者さんも多く、
体力も低下しているため、心臓手術リスクが高いと言われて、
手術を受けずにそのまま死亡される患者さんが後を絶ちません。
経カテーテル的大動脈弁植え込み術(Transcatheter aortic valve implantation、略してTAVI タビ)はそうした状況を打開するために開発されました。
現在までに、欧米を中心に普及が進んでおり、
日本でも昨年10月から保険診療ができるようになりました。
TAVIには大きくわけて3つの方法があります。
1.順行法、2.逆行法、3.経心尖部(心臓の先端部)法です。
ここでは主に2と3.についてご説明します。
1.順行法のTAVI:心房中隔に小穴をあけて、それ越しにカテーテルを進める方法ですが、
長いアプローチに少々無理があり、僧帽弁を逆流させたりするため一般的ではありません
2.逆行法のTAVI:足の付け根にある大腿動脈からカテーテルを入れます。
これまでに2つの弁(エドワーズ・サピエンEdwards SAPIEN弁とコアCoreValve弁)が発売されていて、
それぞれ研究が進められています。
サピエン弁のヨーロッパでの成績はこれまでのところ次のとおりです。
平均82歳の患者さん463名に対して、
弁植え込み自体は95%成功。しかし1.7%で失敗し緊急手術へ、0.6%で弁逆流などのため追加治療へ、1.6%で有意な弁逆流、0.7%で冠動脈入口を閉塞、9.9%で輸血が必要などの問題が見られました。
治療後30日で6.3%が死亡、2.4%が脳卒中、1.3%が腎不全と透析、6.7%がペースメーカー、17.9%で血管の損傷、1.9%で大動脈解離、1.1%でその他の合併症などが見られました。
いったん成功すると平均大動脈弁圧格差は術前の39±14 mmHgから術後は 9±3 mmHgへと改善しました。
コアバルブ弁でも平均81歳の患者さん646名で行われ、同様の成績でした。術後に軽度から中等度の弁逆流が少なからず見られています。
治療後30日で8%が死亡、9.3%がペースメーカー、0.6%で心筋梗塞、1.9%で脳卒中が見られました。症状に出ない脳障害がMRIで従来型の手術より多く見られたと言います。
全身麻酔下に小さく左胸を開けてそこから心臓の先端部に直接カテーテル弁を入れる方法です。
大動脈などの血管が動脈硬化などで悪いときに安全な方法です。
この方法でSAPIEN弁を575名の患者さんに使ったデータは次のとおりです。
平均年齢81歳で
弁植え込み自体は93%成功。しかし3.5%で失敗し緊急手術へ、2.3%で有意な弁逆流が見られました。
治療後30日で10.3%が死亡、7.3%がペースメーカー、0.7%で心筋梗塞、2.6%で脳卒中が見られました。腎不全をおこし透析になったかたが7.1%あったということです。
つぎにTAVIと内科治療つまりお薬などによる治療との比較では
358名のAS患者さんで、
術後の死亡や繰り返し入院の頻度は内科治療群72.6%に比べてTAVI群は42.5%とやや良好でした。TAVI群では75%の患者さんが術後無症状または軽症状だったのに対して内科治療では42%にとどまりました。
この結果から、これまで心臓手術ができずに、あるいはその決心がつかずに拒否しておられた患者さんにTAVIを行う意義は十分あると考えられるようになりました。
ACC(アメリカ心臓病学会)、AATS(アメリカ胸部外科学会)、SCAI(心血管造影インターベンション学会)、STS(アメリカ臨床外科医会)のガイドライン2012では、、
まず高リスク患者群で:
1.石灰化をともなう大動脈弁狭窄症で、
しかも弁尖が石灰化し収縮期に動かないもので、かつ平均圧格差が40mmHgまたは流速が4.0m/sを超えるもの
あるいは大動脈弁口面積が1.0cm2未満か0.5cm2/M2未満のもの
左室機能不全がある患者で弁尖の石灰化をともなう高度ASで弁尖が収縮期に動かないかドブタミン負荷エコーで流速が4.0m/sを超えるか平均圧格差が40mmHgを超えるか弁口面積が0.6cm2/M2未満のもの
患者がNYHA II度以上の心不全症状があるとき
インターベンションの循環器内科医1人と経験ある心臓胸部外科医2人が外科的AVRはできないか危険であると認めたとき。少なくとも心臓外科医一人が患者を評価したことが必須。心臓外科医のコンサルトノートがその決断の根拠を示し、STSスコアを印刷していることが必須。
なお以下の条件を満たさないことが必要です。つまり以下のものがあれば、TAVIはやるべきではないのです:
①二尖弁や一尖弁あるいは石灰化のない弁
②高度の大動脈弁閉鎖不全症 AR(3度を超える)
③エコー計測で大動脈弁輪径が18mm未満か、TAVIデバイスの最大サイズを超えるとき
④AMIの証拠が1か月以内にあるとき。CKやCK-MBなどの上昇ですね
⑤心肺機能低下で強心剤や人工呼吸、補助循環が30日以内に必要なとき
⑥緊急手術が必要なとき
⑦HCMまたはHOCMがあるとき
⑧左室駆出率が20%を切るときに
⑨高度な肺高血圧と右室機能不全
⑩必要な抗凝固療法ができないとき
⑪腎機能不全たとえばCrが3以上、あるいは透析が必要な状態
⑫心エコーにて心内に腫瘍や血栓やVegeがあるとき
⑬MRにて6か月以内に脳卒中やTIAの所見があるとき
⑭高度な認知症があるとき
⑮予測寿命が12か月を切るとき
⑯高度なMRがあるとき
⑰大動脈に病変があり経大腿動脈アプローチができないとき
⑱直径5㎝を超える胸部大動脈瘤または胸腹部大動脈瘤があるか、蛇行が激しいとき
⑲弓部大動脈にアテローマがあるとき、とくにそれが5mm厚を超えるときなど
⑳大動脈に狭窄部があるとき
21 大動脈が高度に蛇行しているか胸部大動脈の高度なUnfoldingがあるとき
このようにまだまだTAVIが使えないことは多くありますが、それでもこれまで手術できない、つまり死ぬのを待つしかないという患者さんをこれからはお助けすることができる可能性が高くなったとは言えましょう。
技術革新によって、ハイリスク患者さんだけでなく中等度のリスクの方にも使えるようになってきています。
カナダとドイツでの多施設前向き研究で、255名の中等度リスクの患者さんたちを検討した結果、術後30日死亡率はTAVIが7.8%、外科手術AVRが7.1%と差がありませんでした。術後1年の死亡率でもそれぞれ16.5%と16.9%と差は見られませんでした。ここでいう中等度のリスクとはSTSスコアで3-8%の範囲内という意味でした。
その他の研究でも同様の結果、つまりTAVIは外科手術AVRに匹敵するという結果が出始めています。
これらの結果はTAVIに将来性ありとは言えるかもしれませんが、やはり無作為振り分けでの研究結果が待たれます。現状では中等度リスクの患者さんにTAVIを行ってよいかどうか、不明なのです。
総じて TAVIは、、、
10-20%と高いリスクがあり、長期成績が悪いことからまだ限界が多いと言われています。
本来、従来型手術つまり大動脈弁置換術が危険でできない患者さんのためのものです。
さらに多くの経験の蓄積が必要と言われています。(2011.1.記)
参考: TAVIの今後の応用として→ valve in valve があります。
メモ1: TAVI (新名称TAVR)の新しいデータがPARTNERトライアル(臨床研究)から発表されました。ご参照ください。
メモ2: 従来の大動脈弁置換術ができないほど全身や動脈の状態が悪い方、超高齢者の方などにTAVIは威力を発揮しています。私ども医誠会病院心臓血管外科は、再立ち上げからまだ時間がそれほど経っていないため、認可待ちの状態です。
そこでTAVIが必要な患者さんには、1.比較的近くの病院へご紹介するか、2.多少距離が離れても経験豊富な施設へご紹介するなどしてベストの医療を行っています。こうした新しい治療法はまだ不明な点が多々あります。なので経験豊富なチームが患者さんにとって良いのです。
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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