この10月9日から12日までの間、名古屋国際会議場にて日本胸部外科学会総会が開催されました。この会は心臓血管外科領域では最高峰に位置する学会ですでに64回を重ねる歴史をもっています。今回の会長は畏友かつ大先輩でもある上田裕一教授(名古屋大学胸部外科)でした。
伝統ある学会であまり斬新なことはやりづらいというのが世の常ですが、上田先生はテーマをProfessionalismプロフェッショナリズム(註:プロの精神やあり方)とされ、学会が単なる勉強の場にとどまらぬ、もっと高い視野で社会貢献や仲間の支援あるいは後進の育成などができる組織になることを願った内容でした。
その哲学と姿勢は上田先生の会長講演に凝縮されていました。プロと呼ばれるに値する外科医とその集まりである学会のなすべきこと、進むべき方向性を示されたと思います。なかでも指導者レベルの胸部外科医に対するリーダーシップ教育、最近話題のnon-surgical skill教育の重要性にも言及されました。アメリカの胸部外科領域の最高峰、指導的位置にあるアメリカ胸部外科学会AATSでもこのテーマが近年積極的に取り入れられ、いかにしてプロにふさわしい外科医になるかの教育が進められています。私もそれに参加して反省と発奮の塊になっていたのを覚えています。日本の学会でもかつての勉強中心の場から脱皮して社会貢献を果たす場になる時が来たように感じます。
この方向性は元ハーバード大学准教授(天理病院レジデントの同窓生でもあります)の李啓充先生の特別講演とも密にリンクし、理解を深めるのに役立ったと思います。医師や病院が有するある種の権限は、もともと持っている固有のものではなく、社会貢献したおかげで社会から与えられたものであり、正当な貢献ができなくなれば当然権限は減らされていくものです。つまり医師は医師だから偉いのではなく、社会に貢献し、評価され、感謝されてはじめて何らかの権限や尊敬を与えられる。常に謙虚に社会貢献つまり患者への貢献に邁進しなければならないというわけで、100%その通りと感じ入りました。しかし医学にも医師にも完璧医療はなかなか難しいもので、だからこそそれを追及する飽くなき情熱が求められるとも言えましょう。
その時に会場から前向きのご質問があり、公務員制度のもとでどのようにしてプロフェッショナリズムを遂行できようか、もっと構造を改革しなければならないというご意見には皆共鳴されるところがあったものと思います。公務員制度のもとでは勤勉なものは不遇な状態になりがちで、滅私奉公で日々頑張っても9時ー5時の給与待遇しか得られない、頑張れば頑張るほど組合系の人たちに嫌われる、などの問題があり、今後も続くでしょう。こうしたインフラから始まる根底的問題を医師だけのプロフェッショナリズムでどこまで解決できるか、まだまだ考え、努力すべきことは多いようです。当然コメディカルのプロフェッショナリズムも検討されていますが。
話は少し飛躍しますが、民間の病院なら比較的自由度が高いため、プロフェッショナリズムを実践しやすいように感じています。もちろん経営を成り立たせながらという別の課題も背負い込むのですが。民間病院がいくつかの突破口を開けることができれば、それもまた立派な社会貢献かも知れません。ハートセンターで断らない医療、(あまり)待たせない医療、満足度の高い医療、質の高い医療を行うなかで自分たちなりにお役に立てるということを感じています。外来ひとつをとってみても、公的病院では患者さんが何度も往復しないと治療方針が立たないときでも、民間なら一往復で方針がしっかりと立ちますし、手術を例にとっても、公的病院ではがんの患者さんを何か月も待たせたりするのが慣例となっているところもあります。患者中心ではない、プロフェッショナルでないと言われても致し方ない状態です。民間のほうがはるかにプロフェッショナルと言えましょう。
上田先生の会長講演の話にもどりますと、この講演は、これまでの日本の学会にありがちな、会長あるいは教室の業績を披露するレベル(それはそれで聴く側の姿勢によっては大いに有益ではあるのですが)から脱皮し、日本の学会や医療をいかにして社会に役立ち評価されるものにするかという信念に沿って組み立てられたもので、講演のあとも、周囲の先生方から格調高い、立派な内容という声が聞かれました。
余談ながら講演の終わりごろ、人生の転機に指導や支援を下さった恩師の先生方の話になって上田先生が思わず声がつまってしまったのには聴いていた私もジーンとしてしまいました。昨年の胸部外科学会会長の佐野俊二先生の会長講演のときには、その類まれな貢献と仕事を支えたご家族に言及したときに声が詰まってしまい、ちょうどその講演を一緒に拝聴していた上田先生に、「先生、来年は泣かないでくださいね!」と私が余計なことを言ってしまったのがたたっのではないかと反省しきりの一日でした。実際、あとで上田先生から「君のせいだ」と笑いながらのお叱りを頂戴してしまいました。そのあとの田林晄一先生の理事長講演ではこれまで着実に積み重ねて来られた立派なお仕事のサマリーのような、地味でも良心的で内容豊かなものでした。プロフェッショナリズムにも言及されていました。これが展開するのはこれからの努力次第かと感じました。
学術集会そのものは多くの優れた発表や、世界から参集された一流の演者の先生方のおかげで充実したものでした。個々の内容には触れませんが、イブニングビデオの大動脈セッションではHimanshu Patel先生や畏友John Ikonomidis(サウスカロライナ大学教授)らの講演を司会させて頂き、たくさんの有益な質問やコメントを頂き、感謝しております。それ以外のセッションでも時代の流れをくんで、カテーテル弁(TAVI)やステントグラフト(EVAR)、カテーテル冠動脈治療PCIとくに薬剤溶出性ステントDESとバイパス手術の位置づけ、弁膜症とくに弁形成手術や自己弁温存手術、低侵襲手術つまりミックス手術(MICS)とくにポートアクセス手術その他のホットトピックスでは活発な議論がなされました。午前7:45分からのクリニカルビデオセッションでは早朝にもかかわらず熱い議論が交わされ、私もつい自分のつらい経験や楽しい経験を知って頂こうといろいろしゃべりすぎたような気がしています。ともあれ良いものに多く触れることができたように思います。
学会の最終日には、グリーンセッションと称して、Johnと仲間とゴルフに行って参りました。私はトロントに留学していた20年ほど昔に下手なゴルフを時々やっていて、2回ばかりJohnと一緒に回ったことがあり、それ以来のラウンドでした。相変わらずジェット機のような球を打つJohnのゴルフに感心しました。遊んでいても、手術や勉強の話でにぎわうあたりは20年前の修業時代と同じで、うれしく思いました。
その前日に招待外国人演者の先生方とのパーティがあり、上記の先生方やAlfieri先生、Woo先生、Taweesak先生、Sundt先生、肺外科・食道外科の先生方はじめ皆さんとゆっくり話できました。海外との交流は年々盛んになっており、大変好ましいことですが、研修の仕組みでは日本が一番立ち遅れています。そこに経験例数の問題があり、そのベースに公務員や組合の問題なども垣間見えます。皆でProfessionalの英知を出し合って解決すべき時期が来ていることをまた痛感しました。
第64回日本胸部外科学会総会は胸部外科の領域に新たな歴史の一ページを刻んだ学会となったように感じます。上田先生、名古屋大学の先生方、胸部外科学会の皆様に一会員として敬意を表したく存じます。ありがとうございました。
平成23年10月19日記
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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