弁膜症サミットは一日目から盛り上がり、勉強になるというよりはクラブ活動のような雰囲気でした。僧帽弁を中心にさまざまな観点から検討しました。
二日目は大動脈弁を中心に幅広く討論しました。まずエコーとMRIを中心とした画像診断の最近の成果が講演されました。エコーはKhanderia先生のいつもの親切・丁寧で熱いお話しでした。弁膜症の画像診断は現時点でもほぼ満足できるレベルにあると個人的には思っていますが、さらにその精度やわかりやすさが進歩しそうで楽しみです。
診断関係のお話しのあとに、不肖私、米田正始がデービッド手術つまり自己弁を温存する大動脈基部再建の手術を供覧しました。私はデービッド先生がこの手術を開発された1980年代の終わりごろからその手術を直接学び、ある意味、この手術を一番草創期から知っている一人なのですが、弁尖が弱そうなケースも多く、この術式がどれぐらい長持ちする良い術式か、確信がなく、日本に帰ってからはほとんど行っていませんでした。しかしデービッド先生らの遠隔成績が出て、世界のあちこちからそれを支持する報告が相次ぎ、また自信を回復させてこのところ積極的に行っています。患者さんが自己弁での手術を大変喜んで下さり、楽しい手術のひとつになっています。こつこつと遠隔成績を出して下さった先生方に感謝してこの手術をやっています。(写真は海外からの招待講演者のリストです)
ただ手術を供覧するだけでは皆さんに申し訳ないため、新しい日本製の人工血管で、しかもそれを難なくこなすシャープな針をもつ日本製のポロプロピレン糸という組み合わせでできる、いくつかの工夫と成果をご紹介しました。何人もの人たちに私も同じ方法でやってみたい、とお褒めいただき、うれしく思いました。この領域の世界的権威、ジョンスホプキンス大学のCameron先生も評価して下さり、私も使いたいと言って下さるなど、光栄なことでした。
引き続いてライブ手術でペリエ先生(もとはフランス、現在はドイツです)の僧帽弁形成術でした。バーロー症候群の予定でしたが、たまたまぴったりの症例がなかったのか、普通の僧帽弁逸脱・MRへの形成術でした。しかしペリエ先生は弁評価法の基本から掘り起し、系統的に評価する実際を供覧されました。多くの若い先生方の参考になったと思います。こうした教育セッションも今後使えると感心しました。
それからEdwards社の畏友Duhay先生(企業勤務とは言っても立派な心臓外科医です)が縫合しない生体弁AVRを供覧されました。いわばカテーテル弁TAVIを開心術の形で行うもので、いったんなれれば大動脈遮断時間つまり心臓を止める時間はごく短くなり、しかも脳梗塞などはTAVIよりもかなり低く抑えられる可能性があると個人的に期待していたものですが、実際かなり使えるという印象を得ました。こうしたさまざまな選択肢を内科外科の弁膜症の一体化チームで自由自在に選択したり組み合わせたりして最高の成績を上げることができれば素晴らしいと思います。
それからTAVIのセッションでビデオライブなどが供覧され、ちょっと飽きて来た感もありながら、この治療法のさまざまな側面を熟知する良い機会と思いました。ハイブリッド手術室のありかたなどの発表もあり、参考になりました。外科医の姿はこれからダイナミックに変わっていくのでしょう。ランチオンでも同様の議論が行われました。Partnerトライアルの結果が論じられ、有望な結果とともに、脳梗塞がやはり多すぎること、弁周囲の逆流・リークがまだまだ多いこと、TAVIが使えない状況がかなりあること、などなど今後検討すべき課題が多く論じられました。
午後には大動脈弁のシンポジウムで私もModerator、日本でいうコメンテーターで仕事させて頂きました。大御所のDuke Cameron先生のビデオライブはやはり貫禄もので頭の中が整理され勉強になりました。私のDavid手術の発表も何度か引用いただき、光栄なことでした。
それからライブでカテーテルによる腎動脈周囲の神経ブロックが供覧されました。これまで見たことのないカテーテル治療法でなかなか面白いものでした。こうした方法がどんどん実用化するとまた治療成績が向上するでしょう。新しいデバイスや方法がすぐに使えるアジアの友人たちがうらやましいとも思いました。日本は官僚の保身のために、多くの患者さんが犠牲になっているという一面があり、原発事故をきっかけにこうしたこれまでの構造をあらためる機運が生まれると良いのですが。
それから一見、低い圧較差のAS大動脈弁狭窄症の検討がなされました。ASを評価するときに常に念頭におくべき必須の事項でした。つづいて、麻酔をかけずに行うAVR大動脈弁置換術がトルコのOto先生によって紹介されました。硬膜外麻酔をうまく活用する方法で、たしかに患者さんは手術中も話ができるほどの状態で、体外循環・大動脈遮断下にAVRはきちんと行われていました。経済的に必ずしも恵まれない開発途上国のほうがこうした実用的で安価な職人芸が生まれやすい印象があり、大いに参考になりました。
それやこれやで一日中大動脈弁の勉強をして二日目は終わり、関係者で中華海鮮のディナーに行きました(写真)。レベルの高い、きわめて美味な店で、舌鼓をうちながらまた勉強の続編をやっていました。
ライブできれいな手術を見せてくださったペリエ先生やヤクブ先生を皆でねぎらいながら、これからの弁膜症外科の在り方を相談しました。
いろいろ馬鹿話をしているなかでひとつ面白いと思ったことがありました。それは北京の安全病院、年間7000例も心臓手術を行う立派な病院ですが、そこの畏友Haibo先生が、弁形成をあまりやれないというのです。どうしたん?と聞きますと、毎日4例も手術する必要があり、一例に十分な時間が確保できないので、複雑な弁形成をやるなら短時間で終わる弁置換になるというわけです。こういう悩みもあるのだと感心してしまいました。いろいろ工夫して打開できると思いますし、ぜひそうしてほしくお願いしておきました。
最後の3日目にも朝から僧帽弁のビデオセッションがあり、十分な時間がとってあるため良い検討や討論ができました。複雑僧帽弁形成術のための、ゴアテックス人工腱索のよりうまい使い方や、リウマチ性僧帽弁閉鎖不全症に対する心膜などを活用した積極的な弁形成、ミックス手術(MICS手術)、ポートアクセス手術などによるより低侵襲な手術など、最近の弁膜症治療の進歩が十分反映された楽しいセッションでした。
それからマルファン症候群のシンポジウムがありました。病気のメカニズムから全身各部、さらに心臓血管までの病気の説明から治療や手術、そして例の自己弁を温存する大動脈基部再建手術つまりデービッド手術まで系統的なシンポジウムとなりました。デービッド手術ではCameron先生が講演され、その中でデービッド手術が患者さんにとって福音であること、しかし同時に人工弁を使うベントール手術も素晴らしい長期成績をあげており、これらをうまく活用することが患者さんの幸せにつながることを話されました。私の話も引用して下さったので、お礼に、「かつてデービッド手術ではなくベントール手術を行った患者さんにも胸を張って話できます、先生のおかげです」とお礼を述べたところ、大うけでした。
閉会式で何度か名前を呼んでいただき、光栄なことでした。皆さん、ずいぶん実績と自信をつけ、産業全般と同様、これからはアジアが世界に貢献する時代であることを感じました。
午後はエコーの実践教室や弁膜症心臓手術のウェットラボがあり、私はホテルの部屋で山積している仕事をやっていました。
3日間の弁膜症サミットは楽しく充実した内容で幕を閉じました。皆さんありがとうございました。
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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