最終更新日 2020年3月11日
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◼️天皇陛下のご選択
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天皇陛下が冠動脈バイパス手術を受けられてから、この心臓手術は存在を認められ、国民的支持を頂いたような雰囲気があります。
それでは冠動脈バイパス手術はなぜ選ばれたのでしょうか。あるいはなぜ優れているのでしょうか。
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まず冠動脈バイパス手術にもちいる内胸動脈という血管が優秀であることが挙げられます。
この血管は動脈硬化がほとんど起こりません。冠動脈よりも血管年齢が若いとも言えます。つまり冠動脈バイパス手術によってその心臓は多少とも若返るわけです。
これは悪くなった冠動脈を力で広げてそこへ金属の筒を入れるステント治療よりはるかにバイオなわけです。
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◼️内胸動脈なぜ若い?
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ではなぜ内胸動脈はそれほど「若い」のでしょうか。その理由はまだ不明なところもありますが、いくつか解明されています。
ひとつには、プロスタグランディンEという活性物質・ホルモンを自ら造るちからがあり、このために動脈が老化しにくく、血栓もできにくいのです。
またNO(エヌ・オー)という物質も造るため、血管がリラックスし、良い状態が続きやすいのです。
内胸動脈の内側の表面にある細胞(内皮細胞)はそれ以外の、血管を守るちららも持っています。
神が与えた血管と言われるゆえんです。
内胸動脈でバイパスをつけた冠動脈の下流には動脈硬化が起こりにくいという意見もあります。
つまりその冠動脈全体にわたって何らかの保護効果があり得るのです。
こうした効果のおかげで、冠動脈バイパス手術を受けた患者さんはステントの患者さんよりも長生きできることが欧米の大規模臨床試験(シンタックストライアル試験と言います)で示されています。
これは冠動脈の病気が複雑なタイプの場合で、なるほど、実感と一致すると私たちは感心しました。
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◼️バイパス手術のもう一つの利点
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また同じ理由で冠動脈バイパス手術のあとは、強いお薬が要りません。
とくに抗血小板剤のプラビックスやパナルジンなどが不要となります。
バイパスピリンさえ必要あらば止めることができます。
このおかげで、早期がんの生検や手術、あるいは背骨の手術など、中高年の患者さんによく必要となる検査や治療が、バイパス手術のあとは問題なく行えるのです。
前立腺がんを治療された陛下にとっては、つよいお薬の不要なバイパス手術は一段とお役に立てる治療法だったものと思います。
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◼️他にもあるバイパス手術の利点
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それ以外にも、冠動脈の入口が通常は2つしかないのに、冠動脈バイパス手術によって2-5つも入口が増えて、さまざまな角度から血液が行き、余裕が生じるという説もあります。
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また内胸動脈や胃大網動脈は、「時間差攻撃」の力もあります。
つまり血圧のピークが大動脈よりも遅れるため、心臓がリラックスする拡張期の圧が内胸動脈では高くなるのです。
拡張期こそ、冠動脈に血液が良く流れる時期ですから、この効果は大きいのです。
クルマのエンジンに例えれば、ターボを付けて性能をアップしたような印象です。
それやこれやで、冠動脈バイパスはカテーテルによるPCI治療、ステントとは違う利点をもつのです。
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◼️バイパス手術だけが良いというわけではなく
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ただし誤解のないように申し上げれば、私はどちらが良いとか悪いとかを論じているのではありません。
それぞれ使い道があるのです。
適材適所でこそ、威力を真に発揮するのです。
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たとえば冠動脈の病気がシンプルな場合はPCI・ステントが良い場合が多く、冠動脈が複雑に壊れているときには冠動脈バイパス手術が威力を発揮します。
このことは、重症の糖尿病や、慢性腎不全・血液透析の患者さんではいっそう顕著です。
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それを裏付けるように、透析30年の患者さんでも、その内胸動脈はきれいでやわらかかったのを覚えています。
ちなみにそれらの患者さんたちの冠動脈は硬化のためガチガチのボロボロでした。
その血管を守るためにも内胸動脈は役立っているでしょう。
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こうした利点をもつ冠動脈バイパスがステントとうまい使い分けのもと、天皇陛下をはじめ多数の患者さんのいのちと健康を末永く守ってくれることを期待しています。
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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