EBMとはevidence based medicineの略称で、経験にもとづく医学医療や、教授や権威筋による医療などと対比して使われることもあり、「根拠(証拠)に基づく医療」の意味です。
多数の臨床試験で有効性が証明されている治療法を指します。心臓外科の例でいえば、最近のバイパス手術とカテーテル治療の比較をしたSyntaxトライアル(シンタックストライアル)でのバイパス手術が例として挙げられます。
EBMは、1991年にマクマスター大学(カナダ)で生まれ、その後広がって行きました。
当初は広く文献を調べ、目の前の患者への適応を判断し、診療することでしたが、しだいに個々の診療内容がどの程度、疫学的、統計的に効果を保証されているか、といった意味で使われることが多くなっています。
日本の医療界には1990年代後半に導入され、1999年ごろからかなり一般的になりました。心臓外科領域でもそのころから次第に認識されるようになりました。
EBMの証拠(エビデンス)にはいくつかのレベルがあります。
もっとも評価が高いのは、無作為化で比較した臨床試験データが多数ある場合で、その次は一つある場合、以下、臨床試験データや治療前後の比較報告、症例報告、専門家の意見、の順番になっています。
無作為化の臨床試験とは「二重盲検試験」とよばれるもので、患者をくじ引きで2グループに分け、医師にも患者にもどちらに当たるかを知らせず、片方に評価目的の薬、片方に偽薬などを与えるのです。
医師や患者の思い込みを排除し、治療効果を正しく確認するわけです。
ただし、患者にも医師にも歴然とわかる治療法は評価が1ランク落ちることになります。
厚生労働省は厚生省時代の1999年度(平成11)から標準治療として、EBMにかなった診療ガイドラインづくりを始めました。
学会独自のものも含め、多くのガイドラインが完成しています。
したがって、EBMが普及すれば、知識の新陳代謝が活発な医師、つまり、患者さんにとってのよい医師が増えることにつながるのです。
また多くの情報を共有し合うことによって、患者さんと医師は、同じ視点に立てるようになるでしょう。
これからの医療は、そのような患者・医師の信頼関係、協力関係の上に実現されていくものと考えられます。
EBMによって、医療の質が高まり、患者さんがその恩恵に浴することが大いに期待されます。
しかしEBMは診療の参考にはなるものの絶対的なものではありません。
第一にデータ蓄積までに時間がかかるので、特定の医師しかしていない新しい治療は、たとえ有効でもEBMにはなりません。
とくに重い疾患では患者にとって生きるか死ぬかの状況で無作為化そのものが患者に対して大きな負担や苦痛、リスクとなる懸念もあります。
心臓外科の関係でも 無作為割り付けの研究ができていない領域があり、それは重症例や手術による死亡率がまだ高い疾患の場合です。
たとえば全身状態が悪い患者さんでのバチスタ手術やバイパス手術などはなかなか無作為割り付けはできません。それは倫理上の問題があるからです。
また、日本の漢方薬のような多数成分の複合治療は高レベルのEBMにはなりません。
質のよい臨床試験はお金がかかるので、資本力の強い製薬企業などに有利、といった欠陥もあります。
EBM全盛のなかで、反省や反発もあります。
EBMを補う考えとしてNBM(narrative based medicine)も重要視されつつあります。
NBMは多数の統計ではなく、個々の患者との対話を重視し、病気の背景を理解し、全人格的な対応をする医療です。
narrativeは「対話に基づく医療」という意味です。
最終的にはEBMとNBMの組合せが大切になるものと予想されます。心臓外科の場合も同様でしょう。
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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**** says
NHk番組「プロフェッショナル」が先ほど放送され、天野先生のお仕事拝見させていただきました。
米田先生のお姿を重ね見入っておりました。
手術は常に真剣勝負の大仕事ですね。
改めて先生方の偉大さを思うところとなりました。
米田先生 患者さんのために毎日お忙しいとお察ししますが、どうぞお身体お大事にお過ごし下さい。
いつもわかり易く有益な情報をありがとうございます。