AATSは本来は北米の胸部外科つまり心臓外科、血管外科、肺外科を代表する学会で100年近い歴史をもつものですが、同時にこの領域で世界の頂点に立つ学会と言われています。
そのため北米はもちろん、ヨーロッパ、アジア、南半球からも多数の参加がありました。
今年はコロンビア大学のCraig Smith会長(写真はこちら)のもと、サンフランシスコで開催されました。
心臓血管外科の世界の流れをつかむにはこの学会に出るのが最も手っ取り早いことと、欠席が続くとメンバー資格を失うため毎年参加しています。
昨年から学会の直前のセミナーとして、外科医あるいは外科研究を超えた、リーダーを養成するためのセッションが出来ており、ことしもそれがありましたが、学会直前まで手術予定が入っており、これには参加できませんでした。
学会の前々日午前中には外科のskillつまり技術のコース、午後にはロボット手術のskillつまりテクニックのコースがありそれぞれ参加しました。
4月30日から始まった学会本体もいつもの通り盛況でした。
全体としてまず感じたのはTAVIあるいはTAVRつまりカテーテル等で行う大動脈弁置換術や僧帽弁閉鎖不全症に対する僧帽弁クリップなどのカテーテル的な低侵襲治療の発表がさらに増えたことでした。
PCIの黎明期に循環器内科の先生方を日夜、冠動脈バイパス手術でバックアップあるいはレスキューしてその発展に貢献したのにPCIが進化してちからをつけると内科の先生方から捨てられてしまったという苦い反省からでしょうか、こうしたカテーテル治療にできるだけ外科も参画しようという空気がありました。
TAVIについて言えばPARTNERトライアルで、ハイリスクの患者さんではTAVIとAVRに1-2年の生存率に差がないという結果が出たため、TAVIの適応がさらにリスクの低い、普通の症例に広がるのではないかという外科側の危機感は大きなものがあると思います。
それもあってかTAVI(TAVR)や僧帽弁クリップの治療に外科医が参画することが増えた印象です。
それを裏付けるかのように企業展示にもそれらのデバイスやハイブリッド手術室などの展示が増えました。また外科の中ではもっとも低侵襲といわれるロボットの発表や展示も活発で、展示場のミニレクチャーには多数の参加者が見られました。
TAVI(TAVR)のひとつの発展型ともいえるSutureless Valveつまり開心術として大動脈遮断下に縫わずに植え込む生体弁の発表も複数あり、TAVIへの対抗策のひとつとして力が入っている感がありました。
確かにこの方法はこれまでの弁置換AVRよりかなり短時間でできる上に、石灰化した大動脈弁を切除するためTAVIよりも大きなサイズの生体弁が入り、かつTAVIの弱点である脳梗塞を予防しやすいという、AVRとTAVIの良いところを併せ持つような一面があり、今後の方向のひとつかも知れません。
例によって日本にはまだすぐには入らないようですが。
学会最終日の新しいテクノロジーのセッションもこうしたデバイス類の発表が主でした。
こうした低侵襲治療への大きな流れを象徴するもうひとつの例として、最終日に TCT@AATSというカテーテルインターベンションのセッションが組まれたことです。
TCTとはある意味、内科でもっとも外科医と競合している先生方の集まりで、いわば「商売仇」No.1.のような学会ですが、このTCTとジョイントセッションを組むのは外科がこれからより大きく低侵襲治療へとシフトする決意の表れと言えましょう。
正しい方向性と思いました。
今回、良識ある方々の間で使われた言葉、インターベンションと心臓外科の関係は「competitive」(競合的つまり邪魔しあう)ではなく「complimentary」(相補的つまり助け合う)だというのはまったくその通りと思いました。
こうでなければ患者さんは救われません!
このTCT@AATSに参加しましたが、インターベンション内科の先生方のお話しを拝聴していますと、確かにカテーテルでほとんど何でもできるという気持ちになります。
弁膜症に限って言えば、外科手術と比べて見るからに不正確で不十分ですが、放射線被ばくがかなり多そうな点を除けば低侵襲というところが光ります。
つまりダメもとという発想です。
たとえば僧帽弁クリップやTAVIで少々逆流を残しても構わない、治療前より良ければやった分だけ得したのだ、という考え方です。
実際、患者さんは逆流が減った分だけ元気になっておられるようですし、低侵襲ということはすごいことと感じました。
またTAVIで問題になっている脳梗塞(外科手術の2倍は起こります)についても、その塞栓をつかまえるネット状のデバイスが何種類もトライされており、いずれ脳梗塞でも改善を見る可能性がでて来ました。
ただあまり複雑になれば、あたかもPCIをPCPSのもとで行うような無駄と無理を感じるようになるかも知れません。
すでにコストがかかりすぎることが問題になっていますし。
この点は日本で保険適応がどういう形になるか、かなり紆余曲折があるものと予想されます。
PCIでさえ、韓国のようにその患者に使えるステント数を3つに限定するなどの措置が取られそうな雲行きですので。
ここで大切なことは、できるからやる、というのではなく、患者や社会にとって有益だからやる、という視点かと思います。
私個人の考えでは、医学的な正当性とくにEBMやガイドラインの支持があればひとりの患者さんにステントを5つでも6つでも使うのは良いことと思います。
ただどんな患者にもどんどんステントを入れまくるといったことがもし行われると、いずれそれは厚労省の気づくところとなり、一気に制限をかけられて多数のステントが本当に必要な患者さんにも十分使えない、という事態を招くことを危惧するものです。
AATSの報告、その2へ続く
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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