心臓外科の施設集 約つまり施設(病院)の数を減らし一施設あたりの手術数を確保するかが問題になって10年近い時間が経ちました。
心臓血管外科専門医の資格を取る条件として当時は20例の心臓手術を執刀すればあとは書類や筆記試験などで合格できました。
20例の執刀経験ではまだ研修医に毛がはえた程度で、患者さんの命を預けるにはあまりにも少ないということが議論されていました。
数年以上前、経験量が少ない心臓外科医が執刀して高い死亡率を出すような事例がメディアでも問題となり、それがきっかけになってせめて50例の執刀経験を必須にすることになりました。
欧米では200-300例の執刀経験が独り立ちする前の必須条件です。
その後、手術数の少ない施設(病院)の治療成績つまり死亡率などが悪いことが次第に証明され、実際、手術にときどきしか入れない、例数の少ない施設では若手が腕を磨けないことが問題となって行きました。
その議論のさなか、数年前に厚生労働省が開心術が年間100例以下の施設の保険点数を下げるという措置を突然取りました。
ちなみに日本の一施設あたりの心臓外科の手術数は約60例と言われています。つまり多くの施設がこの厚生省指針で点数削減となり、それらの施設を中心に猛反対が起こりました。
さらに地方では広いエリアに一か所だけ、少な目の例数をこなす施設があり、それが県内に点在するパタンが少なくなく、上記の厚労省の例数制限は地方医療の崩壊をもたらすという議論もでて、あえなくこの厚労省方針は消えました。
しかしその後も心臓外科をめぐる医療の質やその将来にわたっての確保という観点から施設集約は日本心臓血管外科学会などで議論検討されています。
そもそもなぜ症例数が少ない日本で、これほど心臓外科の施設が増えたのでしょうか。
ひとつの原因として指摘されるのは、カテーテルによる冠動脈インターベンション(PCI)が全国で普及し、もしもの冠動脈穿孔や心停止などのときに救援してくれる心臓外科が必要なため、心臓外科の設立を病院とくに循環器内科が強く望んだといういきさつがあります。
なかでも冠動脈内の石灰化などを削って治す、ローターブレーターというカテーテル治療の施設基準として心臓外科の存在が必須となり、ローターブレーターをやりたい循環器内科や病院はなんとしても心臓外科を、となったのです。
その要望は当時人材を供給していた大学へと送られ、大学医局は自分のところから医師を派遣しないと他大学・他医局から医師が送られ、その施設は他大学のものになってしまうという危機感から、かなり無理をしてでも医師を派遣したのです。
そうして全国に過剰な数の心臓外科施設ができ、上記のように年間、わずかな数の手術しかできない構造ができてしまったのです。
これは患者さんにとっても、医師やコメディカルにとっても不幸なことです。
ところが面白いことにこの2-3年、心臓外科・心臓血管外科の閉鎖があちこちで起こりつつあります。結果的に施設集約が進み始めたのです。
ただそれは良識や話し合いによって起こったのではなく、単に、心臓外科のような厳しい分野に若い医師が集まらなくなり、現場でチームを組むことができなくなったためなのです。
さらに数年前に研修制度が変わり大学医局にいる研修医の数が激減したため、雑用をこなすために中堅医師を呼び戻すことになり、そのためますます医師を病院へ送れなくなったのです。
思わぬ原因で施設集約が急速に進んでいます。
ともあれ患者さんを守る、そして質の良い医療を必要なときにいつでも迅速に提供する、これが何より大切です。
こうした観点から、有力な施設の心臓外科に患者さんと医師が集まり、良い治療成績を出すようになればとりあえず結構なことです。その「改革」が良識や見識あるいは話し合いによってできたのではないのが少々さみしいところですが、日本の医療業界がある種の「ムラ社会」であることを考えると致し方ないのかも知れません。
患者さんの観点からは、心臓手術はご自身のいのちや将来にかかわる大問題ですから、情報を集め、複数の医師や病院の話を聴き、ベストの治療を選ぶことが大切です。
医療の主人公は患者さんなのですから、たったひとつの命を預けるのに遠慮は要りません。
若い先生方には、例数が少なく、立派な心臓外科医になれないような施設にこだわることはありません。今は売り手市場ですし、臨床の腕とそれをアピールする学会活動があれば引く手あまたです。患者さん中心の、医師の実力第一時代にあった人生設計が、やる気さえあればできるのです。
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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