ポートアクセスによる僧帽弁形成術はまだ一般の病院ではできない、先進技術です。
視野が狭く、ピンポイントで視野を作る必要があり、ピンポイントできないときには通常の正中切開に切り替えることになり、創が増えて通常より悪い仕上がりになるため難しいのです。
そこには経験が必要です。それもポートアクセス法の経験と、僧帽弁形成術そのものの経験の両方が必要です。
僧帽弁形成術じたいが、冠動脈バイパス手術などに比べて全国的に手術数が少なく、すべての心臓外科医が習得することが難しいと言われる領域ですが、その中でさらに習得しづらいのがこのポートアクセスでの僧帽弁形成術なのです。
このポートアクセス手術は難易度が高いため、何らかの医学的問題や障壁があれば、専門施設でさえ通常の大きな正中皮膚切開で手術を行うことが少なくありません。
しかしごく一部の選ばれた患者さんだけが恩恵を受けるようなポートアクセスでは、医療として不十分と考えます。
安全を確保し、技術的な課題はしっかりと解決し、より多くの患者さんのお役に立てればと私たちは考えています。
次の手術事例は、ポートアクセス法が使いづらいと言われているタイプの患者さんでした。しかし工夫と努力で安全を確保しながら患者さんのご要望にお答えすることができました。
患者さんは33歳女性です。
労作時の呼吸困難感を主訴として来院されました。
もとの病院で高度の僧帽弁閉鎖不全症が診断されており、手術の相談に来られたわけです。
明らかな症状をともなう高度の僧帽弁閉鎖不全症のため、日本循環器学会ガイドラインでクラスIの適応つまり、手術が強く勧められる、またその根拠がある状態でした。
この患者さんの場合は、それに加えて近い将来、妊娠出産を希望されての心臓手術のご相談でした。つまり手術で人工弁を入れる弁置換手術になってしまうと、機械弁つまり金属製の弁ではワーファリンという奇形を起こす薬が必須となるため妊娠が危険なものとなり、生体弁つまりブタやウシの材料で作った人工弁では妊娠中に劣化が早いという問題があるのです。
僧帽弁形成術だけがこの患者さんの希望を満たす方法であったわけです。
若い女性ですから、創も見えにくく、痛みも少ないポートアクセスは当然有力な選択肢として考えられました。
心電図では正常リズムですが、しばしば頻脈発作や動悸が起こり、僧帽弁閉鎖不全症のための左房や左室の負担のため心房細動になり始めている可能性が考えられました。
術前心エコーでは、僧帽弁前尖のA3と言われる、後交連部に近い部位が逸脱し、左房側に落ち込んでそこがかみ合わず逆流が発生していました。写真上は術前の左室短軸ドップラーを示します。交連部という、弁のヒンジの部分での逆流のため通常の角度からは見落としやすいタイプです。強い逆流が確認されました。
このA3の逸脱を人工腱索その他の方法で治せば、逆流は止 まると判断し、僧帽弁形成術を予定しました。
しかし、診察および胸部X線で扁平胸みられました。つまり胸の前後径が小さい、要するに胸が薄いわけです。
こうしたケースではポートアクセス法はエキスパートでも通常よりは視野が確保しづらく、手術もやりづらいのです。
検討の結果、視野を出す工夫を重ねることで、手術が成り立つ可能性が大という判断で手術を決定しました。
手術では確かに普通のポートアクセスの方法では僧帽弁が見えづらい状態でした。
そこで前もって準備していた道具で骨を軽く吊り上げ、スペースを確保して、さらに僧帽弁そのものを見やすく引出し、
それからゴアテックス人工腱索をもちいて僧帽弁前尖を正常の位置にもどしました。
写真右は術中写真です。その左上はゴアテックス人工腱索を後乳頭筋に刺入しているところです。
下中と右上は僧帽弁前尖に糸をかけているところです。合計4本の人工腱索がつきました。これで前尖の逸脱部分は逸脱なく正しく支持されます。
冷凍凝固によるメイズ手術の最中のものです。
術前に動悸発作がよく出ていたため、メイズ手術は術後の心房細動の予防に有益です。
生食注入による逆流試験でも僧帽弁の逆流はほぼゼロであることが示されました。
術後経過は順調で術翌朝には集中治療室を退室し、一般病棟へ戻られました。
その後、偶然脳静脈の合併症が発見され、ただちに連携している脳外科の先生と協力し対応、後遺症なく解決しました。チーム医療の時代ですが、地域のさまざまな病院と協力してのチーム医療も大変役立つことがあらためてわかりました。
患者さんは元気になられ定期検診にときどきこられます。
これから健康な楽しい人生を送って頂ければ幸いです。
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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