機械弁つまり金属でできた人工弁は多くの弁膜症患者さんをお助けして来ました。
今後もその貢献は続くでしょう。
しかし自然の弁とくらべて弱点があり、注意が必要です。
以下の患者さんは10年前に他院(関東地方)にて機械弁の手術を受けられました。
その2年後、感染つまりばい菌が機械弁を襲い、弁が外れていのちの危険が迫ったため、再度機械弁を入れる手術を受けられました。
しかし人工弁は異物であり、ばい菌に対する抵抗力はありません。これが自然の弁と大きく違う点のひとつです。
ばい菌がいるところへ人工物・異物を植え込まざるを得ない状況から、また新たな感染が起こり、新しい人工弁もまたはずれるという事態が起こったようです。
こうして2年後に3度目の僧帽弁手術を同じ病院で受けておられます。
3度目の手術で何とか落ち着いたようですが、やはりまた弁を縫い付けたところの一部が外れ、そこから血液が漏れ、逆流したようです。
こういう場合、その逆流は次第に増加し、そのために溶血(血液が壊れる)が起こり、高度の貧血のために頻繁に輸血を行わねばならなくなりました。
また溶血が続けば腎臓が次第にやられていきます。
人工弁とその周囲の逆流による貧血、心不全、腎機能障害、そしてやむなく輸血を続けておればいずれは肝炎にもなるでしょう。
ちなみにProBNP(心臓のホルモン)は6330と異常高値、総ビリルビン3.9と黄疸あり、LDH 1964と強い溶血の所見、輸血にもかかわらずヘマトクリット30と貧血が進行していました。
心エコーでも僧帽弁(人工弁)周囲に強い逆流が2つもあり、右室圧も50-55mmHgと肺のうっ血が進んでいました。
しかし4度目の心臓手術とは世間一般にはかなり危険なこととされています。
再手術や弁膜症になれたチームだけが救命できる、そういう手術です。
患者さんとそのご家族は生きるために一生懸命勉強され、弁膜症や再手術を得意としている外科医や病院を探されました。
そして私の外来へ来られました。遠い関東から手術を求めて来て下さったのです。
調べますと機械弁が僧帽弁の位置に縫い付けられているはずのものが、すでにかなり外れており、逆流も強く、貧血と腎不全が進行していました。
もはや手術しか救命する手立てはないという判断になりましたが、前回の手術で大動脈の枝が胸骨に食い込んだ形になっており、胸骨をのこぎりで開けたとたんに大出血が起こりやすく、いったんそれが起これば命にかかわる事態になるため、対策を考えました。
その結果、若い患者さんたちに行っているミックス手術とくに右開胸で小さ目の創で手術をするポートアクセス法が一番良いのではということになりました。
右開胸ならば大動脈の枝と胸骨が癒着していても出血などの問題は起こらず、スムースに手術できます。
ポートアクセス法は一般には創を小さくするという若者向けの美容効果狙いの手術という一面がありますが、この患者さんの場合は一義的に安全狙いでした。
特殊な状況のためいつものポートアクセス法よりは大きめの切開をもちいました。
しかしさすがに上行大動脈付近がガチガチに癒着し、これを遮断できない状態です。(左写真の矢印は剥離中の左房を示します)
そこで風船を上行大動脈の中に入れて内側から遮断しようとしましたが、
これもなかなか良い位置で安定せず、ここは人為的な心室細動で短時間心臓をけいれんさせ、その間に左房を開けて治すことにしました。
この方法はいざという時に有用な方法ですが、短時間しか安全には使えません。
左房を開け、直ちに僧帽弁を調べると、
すでに3分の1周は外れており、残りもかなり弱っていました。
右写真の矢印は人工弁の一部、はずれていた部位を示します。
これは縫合部を補強するより新しい人工弁を入れ替えるほうが早いと判断。
(左写真は取り外した古い人工弁です。
右上の少し白っぽいところが完全にはずれていた部分で、その前後もすきまが開いていました。)
ただ以前の手術で裂けて外れていた部位は自然の弁輪がなく、
そのまま人工弁を縫い付けてもまた外れかねない状態でした。
そこでウシ心膜であらたな弁輪をつくりつつ、新しい機械弁をがっちりと縫い付けました。
時間の余裕がないため、すべて一発で決める必要がありましたが、確実に処理しうまく行きました。
短時間で左房閉鎖まで進み、心臓の拍動を再開し、無事手術は終わりました。
(下の写真は新しい人工弁を取り付けつつあるところです。)
術後経過は4回目の手術とは思えないほど順調で、翌朝には集中治療室を退室し、一般病棟へもどられ、
術後10日あまりで元気に退院されました。
外来の定期健診でお会いするのが楽しみです。
心臓が良くなったため、貧血は消え腎臓も回復し、これから体力をつけて元気に楽しく過ごして頂ければ幸いです。
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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