肝硬変の患者さんとくに病気が進んだ肝硬変はいろいろな注意が必要な重い病気です。
そのため肝硬変の患者さんが心臓病になり、心臓手術が必要になると、手術を断るケースが多数あります。危険すぎるからです。
しかし手術しないと肝臓がさらに悪くなる、まもなく命を落とすという状況ではどうすれば良いのでしょうか。
私たちはこの問題に長年向き合い、努力して治療成績を改善して来ました。
患者さんは手術当時60歳男性で九州から来て下さいました。
10歳のときにリウマチ熱を患われています。これが弁膜症の原因になりました。
30代後半に地元の大学病院で連合弁膜症の診断で機械弁 による僧帽弁置換術と大動脈弁置換術および三尖弁形成術を受けられました。
それから20年間、経過良好でお元気にしておられましたが、2年前から労作時の息切れが強くなりました。
大動脈弁(機械弁)はパンヌスと呼ばれる自己組織の張出しで平均圧較差が39mmHgとかなり狭くなり、動きが妨げられていました。ポンプである左室のサイズは拡張末期径44mmは正常で、駆出率76%も正常、つまり正常のちからが保たれていました。しかし強烈な三尖弁閉鎖不全症を合併しており、肝臓を含めた全身がうっ血し、内蔵の傷害が起こっている状況でした。
しかも不運なことに、昔の心臓手術のときに輸血を受けられ、当時のことですのでC型肝炎になってしまわれたのが、次第に進行していました。現代なら輸血でC型肝炎になるのは万にひとつ、千にひとつのまれなことなのですが、当時は少なからずあったのです。
その病院でチャイルド分類Bの肝硬変の診断を受けました。つまりかなり重症で、心臓手術に耐えるちからがないかも知れないレベルというわけです。
実際総ビリルビン値は3.4と高めで肝臓のちからを示すコリンエステラーゼは141、同じくコレステロールは154と低く、肝臓がかなりやられている所見でした。
CT写真で長年の弁膜症のため巨大化した心臓と、しぼんで小さくなってしまった肝臓が見られました。肝硬変が進行したときの姿です。
地元の大学病院で心臓手術は危険すぎると言われたのは当然のことでした。しかしこのままではそう永くは生きられない、もし生き残ろうとするなら、何としても弁膜症を治すしかないという抜き差しならぬ状態でした。
私たちはこうした患者さんを京大病院時代から全力をあげて手術治療して来ました。
何とかご期待に沿えるよう、これまでの経験、ノウハウを駆使して治療を開始しました。
まず何週間もかけて、適正な減塩食、くすり、点滴、ストレス軽減などでじっくりと肝臓のうっ血を減らし、少しでも肝臓のちからを回復させるようにしました。
その結果体重は3kgは減り、つまり水がそれだけ抜けましたが、それ以上は改善できませんでした。
ビリルビン(黄疸の原因色素です)も2.6前後までは下がりました。
しかし肝硬変のため血小板や白血球という、手術を乗り切るために必要なものが正常よりはるかに少なく、血小板4万、白血球は1600と危険なレベルでした。
このままでは死を待つという状況でしたので、せめて患者さんが歩く体力のあるうちにということで手術に踏み切りました。
丁寧に剥離し、心臓が見えてきました。
パンヌスが弁の周囲に造成していました。
パンヌスを取り去り、大動脈弁を新しい高性能機械弁で取り換え(大動脈弁置換術)、
三尖弁はすっかり弁が縮 まって使えない状況でしたので生体弁で取り換え(三尖弁置換術)しました。
手術がスムースに完了したため、手術の翌日には人工呼吸を外れ、話ができる状態になりました。
2日目には強心剤も不要になり、3日目にはICU(集中治療室)を無事に出て一般病棟へもどりました。
毎日歩き、食事も増え、思ったより楽でしたと笑顔が見られました。
しかし大変なのはこれからと皆、用心をしていました。
実際、手術から3日目ごろから次第に熱がでるようになり、検査や治療にもかかわらず1週間で高度の発熱をみるようになりました。
創もきれいでとくに悪いところはなく、おそらく術後よくある小さい無気肺が肺炎を起こしたものと考えられました。
それらへの治療を進めつつ、しかしビリルビンが急に上昇して9に達したためICUに戻っていただき、透析やビリルビン吸着などの集中治療を肺炎治療などとともに行いました。
一時は危険な状況のときもありましたが、術後経過2週間半で何とか落ち着き、一般病棟へ戻られました。
その後は毎日運動や食事を進め、術後4週間で元気に退院されました。
退院の日には腕をとって、私も思わず泣いてしまいました。
あれから2年以上が経ち、九州から飛行機で外来へ定期健診に来られます。お元気なお顔を見るたびに苦しかったときを想い出します。
いのちがけの戦いに勝った人だけがわかる、生きることの素晴らしさを共に感じています。
頑張ってくれたチームの諸君と、誰よりも患者さんに感謝申し上げます。
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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