弁膜症がらみで除脈となりペースメーカーが必要になることはときどきあります。
ペースメーカーは除脈つまり遅い脈には効果抜群の治療法ですが、電気ケーブルを三尖弁ごしに右室へ入れる必要があり、一定の確率で三尖弁閉鎖不全症が起こります。
患者さんは77歳女性で労作時の息切れを主訴として紹介来院されました。
もともと大動脈弁狭窄症をわずらっておられましたが、除脈のためペースメーカーを入れてから息切れが悪化したといいます。
左図は術前の胸部レントゲン写真です。大きな心臓です。
写真の左上にペースメーカー本体も見えます。
右図は術前のCT写真です。
ペースメーカーケーブルが三尖弁を横切っているのが見えます。通常はそう問題にはならないのですが、この患者さんの場合は三尖弁を閉じなくしてしまったのです。
調べてみますと、大動脈弁はピーク速度が4m/sに達する強い狭窄がありました。
それに加えて、弁の下、左室流出路(左室の出口近く)に異常心筋のでっぱりがあり(HOCMとかIHSSと呼びます)、弁とあわせて一層狭く危険なレベルに達していました。
それを反映して、右室圧49mmHgと肺高血圧症も合併していました。心臓が悪いため肺にも無理がかかっているのです。
三尖弁はペースメーカーケーブルに押されて高度に逆流し三尖弁閉鎖不全症になっていました。
このままでは心不全や肝不全などが悪化する懸念があり、手術することになりました。
ところが手術前の検査で腹部大動脈瘤も見つかったため、これも注意深く見張りながらまず心臓手術を行うことにしました。
大動脈弁口ごしに左室が見やすくなりました。異常心筋が発達し、左室の中が見えなくなっていました。
つまり左室内の血液が大動脈へ駆出しづらいともいえる状態です。
左図は切除を開始したところです。
この時点では左室の中はほとんど見えません。
慣れた外科医には短時間で完了する手術ですが、経験の少ない外科医には危険な手術です。さまざまな落とし穴があるからです。
左室の中が見えるように なり、血液がスムースに流れる所見となりました。
右図は異常心筋切除後の姿ですが、左室の中にある乳頭筋が良く見えるまでに改善しました。
十分なサイズの生体弁が入りました。
左図がそれです。
ペースメーカーケーブルが三尖弁を圧排し弁が閉じにくくなっていました。
そこでこのケーブルを弁の付け根の安全なところに移動し、固定しました。
もう弁はケーブルに邪魔されることなく普通に動けるようになりました。
右図は術中経食エコーで、三尖弁はきれいに作動するようになりました。
術後経過は良好で、手術当日夜、人工呼吸器を離れ、翌朝、集中治療室を退室できました。
術後2週間目に元気に退院されました。
その後、畑仕事もできるほどに回復されました。
外来で定期健診を受けておられましたが、腹部大動脈瘤が次第に大きくなり50mmに達したため心臓手術から1年6か月後に手術することになりました。
お腹の皮膚を切らずに治せるステントグラフトEVARを第一選択として検討しましたが、腹部大動脈が屈曲し、ステントグラフトを固定するエリアが小さいことなどから、学会委員会の御意見として通常の外科手術による腹部大動脈置換が適切という判断となりました。
そこでお腹の皮膚を約10㎝と小さく切るミックス法でアプローチしました。
腹部大動脈をY型ダクロン人工血管で取り換えました。
術後経過も順調でまもなく元気に退院されました。
それから2年が経ち、外来でお元気なお顔を拝見するのが楽しみになっています。
ここまでの経過を振り返り、なんだか病気が多く、手術手術で申し訳ない気持ちですが、これで一件落着、安定された感があります。
これからさらに楽しく過ごして頂ければと思います。
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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