二尖弁大動脈弁は年齢とともに壊れやすく、弁尖(弁のひらひらと開閉する部分)が硬く狭くなって大動脈弁狭窄症になったり、弁尖が落ち込んで逆流が発生し大動脈弁閉鎖不全症になることが少なくありません。
さらに逆流をそのままにしておくと次第に心臓の筋肉が変性し、拡張型心筋症になりかねません。
二尖弁の場合は上行大動脈や大動脈基部が構造的に弱く、拡張して瘤になることがあります。
これらを考えて短期的かつ長期的な計画のもとで、手術や治療を組み立てる必要があります。
患者さんは39歳男性、二尖弁による大動脈弁狭窄症兼閉鎖不全症(ASR)そして上行大動脈瘤のため米田正始の外来へ遠方から来られました。
長い間のASR(左図、弁が硬く分厚くなりあまり開きません)のためか、左室の直径(LVDd)73mmと高度に拡張し、駆出率も30%と低下していました。
心不全のため僧帽弁閉鎖不全症も中等度まで合併していました(下右図)。
患者さんのお母様がエホバの証人の信者さんで、母親の気持ちに沿いたいという希望を出されましたので、極力無輸血という方向で手術と治療を進めました。
胸骨正中切開・心膜切開でアプローチしました。(術中写真工事中)
体外循環・大動脈遮断下に上行大動脈を横切開しました。
大動脈弁は左冠尖LCCと右冠尖RCCが一体化した二尖弁でした。肥厚硬化が顕著で、石灰化も中等度みられました。
現在でしたら自己心膜による大動脈弁再建を行うところですが、当時はまだ検討中であったため、この患者さんには人工弁を入れることにしました。
弁および石灰をすべて切除しました。
ここで機械弁(On-X弁)縫着しました。この弁は機械弁ですが、背丈を高くすることで血流速を上げ、血栓ができにくい構造になっており、将来ワーファリンが不要または減量できる可能性があります。
上行大動脈を2層に閉鎖し、大動脈遮断を解除しました。
体外循環からの離脱はカテコラミン(強心剤)なしで容易でした。
上行大動脈は50mmに達するほど拡張し、事実上の動脈瘤でした。
通常は上行大動脈置換術を行うのですが、上記のように患者さんのたっての希望で無輸血を確実に達成するためにラッピングを行うことにしました。ラッピングでしたら針穴出血もありませんし、ポンプ時間を短縮することで出血傾向も軽くなります。
上行大動脈を周囲組織から剥離し、ヘマシールド人工血管でラッピングし、軽く締め付ける形で径を35mm程度まで小さくし、人工血管を固定しました。上行大動脈のほぼ全域を覆うことができました。
経食エコーに良好な大動脈弁機能と心機能を確認しました。
入念な止血ののち、余裕をもって無輸血で心臓手術を完了しました。
術後経過は順調で、血行動態安定し出血も少なく、術当夜、抜管し、術翌朝一般病棟へ戻られました。
術後10日目に元気に退院されました。
すでに心臓は格段に小さくきれいな姿になっています。(下右図)
術後1年で左室の直径(LVDd)49.5mm、駆出率42%まで回復しておられます。
僧帽弁閉鎖不全症もほぼ消えるほとに改善していました。
ラッピングした上行大動脈も直径45mmで安定しています。
これからお元気に親孝行に励んで頂ければと思います。
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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