三尖弁閉鎖不全症(TR)は軽いうちはとくに問題にならないのですが、僧帽弁膜症などに合併して高度になりますと長期の間に肝臓や全身を悪くすることがあります。
とくにペースメーカーのケーブルが三尖弁を押さえておこるTRは重症化しやすく、要注意です。
鹿児島でかつて機械弁による僧帽弁置換術を来院18年前に受けられました。
来院5年前に洞結節不全症候群(SSS、つまり脈が遅くなりすぎる病気です)のため、永久ペースメーカーを埋め込みされています。
それ以後はお元気にしておられましたが、次第に三尖弁閉鎖不全症TRが発生し心不全、うっけつ肝が発生、悪化して行きました。2か月まえには心不全がさらに悪化し危険な状態となったため現地の病院に入院されました。
手術するとなれば再手術でリスクが高く、肝臓も弱っており、さらに腎臓もCKDと呼ばれる慢性腎機能障害(GFR41と低下)の状態で、現地の病院では手術できないと言われ、米田正始の外来へ来られました。(写真右上はそのときの胸部X線です)
とくに肝臓はChild分類(チャイルド分類)Bで、つねに総ビリルビンが4を超えるという危険な状態でした。
来院時は総ビリルビン値は5.74もあり、このままでは手術は危険なため、まず時間をかけて心不全や肝不全、体調を改善するようにしました。1か月でできるだけ改善したところで手術に踏み切りました。
肝不全のため血がなかなか固まらないため、正中切開(胸の真ん中にある胸骨を縦に切って心臓にアプローチします)をやめて右開胸でアプローチすることにしました。
体外循環を開始し、心拍動下に右房を房室間溝に平行に切開しました。
三尖弁は弁輪拡張し、ペースメーカーケーブルが中隔尖の後尖寄りに強く癒着し腱索を巻き込んでいました。長期間のTRのためか前尖・後尖ともやや短縮傾向にあり、先端部が肥厚していました。
まずペースメーカーケーブルを中隔尖から剥離しました。このときケーブルが右室内側から外れたため、まずケーブルを中隔尖と後尖の間に埋め込みつつ、先端を右室肉柱に挿入しました。ケーブルが癒着していた腱索は肥厚短縮しており、その部分の中隔尖は右室側へ牽引されていたためこの肥厚腱索を離断し、ゴアテックス人工腱索でもとの腱索の長さより約5mm延長して再建しました。これによって三尖弁のかみ合わせは改善しました。
その上で柔軟リング27mmを縫着しました。ペースメーカーはリングの外側に位置し、リングはその部分のみ屈曲しケーブルを守る形でその部のTRもありませんでした。ペースメーカーの閾値が術前より改善しているのを確認し、念のため、ケーブルを右房側でも固定し、はずれないようにしました。
体外循環を離脱しました。離脱はカテコラミンなしで容易でした。心臓は一度も止めることなくすべての操作を完了できました。
経食エコーにてTRが軽微であることを確認しました。入念な止血ののち手術を終了しました。
術後経過は予想以上に順調で、出血も少なく、術翌朝抜管(人工呼吸の管から外れること、良いことです)し同日、一般病棟へ戻られました。術後2日目からは歩行も開始され、食欲も良好でした。ビリルビンは術直後は5前後まで上昇しましたが、術後4日目には約2.7まで改善し、うっ血が取れ肝腫大も軽快しました。術後3週間を待たずに元気に退院され鹿児島へ戻られました。
心臓手術から3年半が経ちます。お元気に半年ごとの定期健診に来院され、笑顔を見せて下さいます。心臓ホルモンであるProBNPは術前1740と大変高かったのが、いまでは367まで改善しています。肝機能も正常化しました。手術後は畑仕事も楽しんでおられるそうで、うれしいことです。
蛇足ながら、手術後しばらくしてから、患者さんのご主人さまも弁膜症になられ、手術をさせて頂きました。その時にはこの患者さん(奥様)が付き添いをして下さいました。
今後もお二人の元気なお顔を拝見するのが楽しみです。
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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