高齢化社会を迎えて大動脈弁狭窄症は増加の一途にあります。今や最も多い弁膜症のひとつです。
その中に弁のすぐ下の筋肉、心室中隔の筋肉が異常に張り出してもうひとつの狭窄を造るタイプ、HOCMまたはIHSSの合併例がときどきあります。
左室がより駆出しづらく、より心不全になりがちです。
患者さんは81歳女性です。
最近労作時の息切れがひどくなり、近くの病院で大動脈弁狭窄症の診断を受けられました。
息切れが強く、20m以上は歩けないとのことです。脊椎の変形が強く、いわゆる猫背です。(右図)
最初お会いしたときにはホントにこの体で心臓手術ができるのかしらと思ったほどでした。
精査の血管、大動脈弁狭窄症ASは圧格差が 130mmHgもあり、平均圧較差も74mmHg、弁口面積0.56㎝2、最高流速5.64m/sと、突然死してもそうおかしくない重篤な状態でした。
しかも閉塞性肥大型心筋症HOCM、上行大動脈石灰化、が併せて見られました。
脊椎の変形が著明でしたので、まえもって仰臥位が安全に成り立つことを確認しておきました。
胸骨正中切開、心膜切開で心臓にアプローチしました。上行大動脈の遠位部がもっとも硬化が少ないためここを遮断部位といたしました。
体外循環・大動脈遮断下に上行大動脈を横切開しました。
大動脈弁は3尖で左冠尖のみがかろうじて可動性があり、他は岩石のように固定していました(写真左)。
写真 右は切除弁尖です。石灰化も著明で弁尖から弁輪を超えて大動脈壁にまで進展していました。
また無冠尖と右冠尖のバルサルバ洞にも幅広い石灰化がありました。
まず弁を切除し、石灰化を摘除しました。
人工弁のサイザーを入れようとしましたが上記の上行大動脈石灰化のため入らず、石灰部を摘除するため上行大動脈の内膜切除を上記の2か所とも行い(写真左、セッシで把持した板状のものが石灰です)、ようやくサイザーが上行大動脈を通過しました。
市販の生体弁で最小サイズですが、この患者さんの体格からは十分なサイズであることを確認しました。
人工弁の縫着に先立って、左室流出路を検索しますと、異常心筋が突出していました。
術後左室が小さくなる状態が発生する時に左室流出路の狭窄が顕著になることを回避するため、大動脈越しに心筋片を必要最小限切除しました(写真左)。
体外循環離脱はカテコラミン無しで容易に行えました(写真右 )。
経食エコーにて大動脈弁(人工弁)と左室の機能良好、そして僧帽弁閉鎖不全が軽微であることを確認しました。
左室流出路も十分な広さが確認できました。入念な止血ののち手術を終えました。
術後経過は順調で、血行動態良好で出血も少なく、神経学的異常もなく、背中の皮膚も健常で、術翌朝抜管しました。
術後経過良好で、手術後10日で元気に退院されました。
その後2年が経過し、お元気に暮らしておられます。毎日喫茶店へ行くのが楽しみとのことです。
最近すこし物忘れが見られるようになり、認知症対策をかかりつけの先生と進めています。
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僧帽弁膜症のリンク
① 原因
◆ HOCM(IHSS)にともなう僧帽弁閉鎖不全症
② 僧帽弁形成術
◆ リング
④ 僧帽弁置換術
⑤ 人工弁
◆ 機械弁
◆ 生体弁
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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