この4月4日から7日までの4日間、神戸の国際会議場で第21回アジア心臓胸部外科学会(ASCVTS)が開催されました。そこでの見聞録です。
例によって学会での見聞録、印象記で一般の方々には専門的すぎるかと思います。現在の心臓血管外科ではこんな努力と展開があるのだと、読み流して頂ければ幸いです。
この学会は古瀬彰先生ら日本の心臓血管外科医が立ち上げられたアジアの学会ですが、早いもので20年が経ち、世界から評価される立派な学会に育ったことを感じさせてくれる学術集会でした。
私もかつては理事のひとりとして、どう盛り上げて発展させるかをアジアの仲間たちと考えていました。それを懐かしく想い出します。
今回の会長であられる高本眞一先生(三井記念病院院長)らが大いに努力され、あの伝統ある米国胸部外科学会(AATS)や欧州心臓胸部外科学会(EACTS)と並び立つ、国際的に評価される学会となったことは、よろこばしい限りです。
それを象徴するかのように、学会の前日に開催された卒後教育セミナーでは欧米の有名どころが多数講演されました。
私が参加した成人心臓血管外科関係では、アメリカのダミアノ先生(Dr. Ralph Damiano、セントルイスにあるワシントン大学)、カメロン先生(Dr. Duke Cameron、ジョンスホプキンス大学)、ラトーフ先生(Dr. Omar Lattouf、エモリー大学)、ヨーロッパのカパテイン先生(Dr. Peter Kappetein、オランダのエラスムス大学)、ノラート先生(Dr. George Daniel Andreas Nollert、ドイツのミュンヘン大学)、コール先生(Dr. Philippe H Kolh、ベルギー)や、アジアからはサン先生(Dr. Li Zhong Sun、中国)と、もちろん地元日本から多数の先生が講演されました。ロシアや中央アジアからも参加者があったのは時代の流れとうれしく思いました。
内容的に、冠動脈つまり狭心症や心筋こうそくの治療で内科のカテーテル治療PCIと外科の冠動脈バイパス手術の協力協調が求められるハートチームが浸透しつつあることを改めて感じました。これは重症例では冠動脈バイパス手術のほうがPCIより成績が良い、つまり患者さんが長生きできることが証明されたことを受けての変化です。
またそのハートチームが、TAVI(カテーテルで入れる生体弁)の進歩によって弁膜症の世界にも必須のものとして認識されるようになり、あわせて心エコーの重要性がひろく認められるようになりました。
同様に、大動脈の治療でもこれまで大きな成果を上げ治療成績のめざましい外科手術に加えてステントグラフト(EVAR、TEVAR)が一層進化し、両者をうまく組み合わせた治療体系が治療成績をさらに押し上げることを実感しました。
またHOCM(肥厚性閉塞性心筋症)あるいはIHSS(特発性肥厚性大動脈弁下狭窄症)の外科治療と内科カテーテル治療(PTSMA)の進化と協力についての講演もありました。私ごとながら、IHSSの治療はトロントのウィリアムズ先生直伝の方法(モローの手術の変法です)で多数の患者さんの治療にあたって参りましたが、日本全体の1割ちかくをこなしているのがわかり、努力の成果が少し形になって見えたような気持ちがしました。内科の治療では治しづらいものが外科手術で治せますので、今後も精進したく思いました。
それを象徴するものとして、ハイブリッド手術室(ハイブリッドOR)の最近の進展も紹介されました。外科医にとっては5感を倍増するような威力があり、内科医にとっては外科手術に大きな影響力をもつ、それぞれに役立つ、まさにハートチームのひとつのかたちです。手術室で3次元の構造が画像として把握できるDynaCTの進歩はうれしいことです。
4月5日からの学会でも同じ流れで心臓外科の上昇気流を感じる活発な議論が交わされました。
これからのリーダーがあるべき姿が欧米とアジアの視点から論じられました。リーダーつまり教育者を教育する重要性が近年強調され、欧米では時間をかけてこうしたセッションが行われていますが、アジアでも本格化した感があります。
この数年間ホットな心臓外科領域になった弁膜症では大動脈弁形成術、自己心膜をもちいた大動脈弁再建術それもこどもと成人のそれぞれに、そしてもちろん僧帽弁形成術では実にさまざまな方法が駆使されるようになり、その成果が示されました。なかでもかつて弁形成が困難と言われたリウマチ性僧帽弁膜症に対して果敢な努力と成果が遠隔成績として示されつつあり、さらにそれがリウマチ性弁膜症が多いアジアから主に発信されるところ新しい時代を感じました。
個人的には2つの発表(創がもっともきれいなポートアクセス法の僧帽弁形成術と、心不全で難しい機能性僧帽弁閉鎖不全症に対する新しい弁形成術)と2つの座長(ミックス手術と再生医療)が賑やかにでき、仲間とともに楽しく勉強できたことが何よりでした。
また畏友、ペンシルバニア大学のJoseph Woo先生がその講演のなかで私たちが行って来た新しい僧帽弁形成術を紹介して下さったのも友情が感じられうれしいことでした。
1日目夜のディナークルーズでは神戸港から明石大橋の近くまで行き、丁度適温で心地よい海風に吹かれての神戸の夜景はなかなかのものでした。アジアや欧米からの友人たちも楽しんでいたようでした。
2日目の全体のディナーでは由紀さおりのミニコンサートで比較的年配の私たち世代には思わず青春時代にもどるようなひとときでした。欧米アジアの代表がそろ い踏みで、この学会が世界に認められる位置についたことを感じました。
3日目、つまり最終日もけっこう参加者があり、虚血性心筋症・虚血性僧帽弁閉鎖不全症や大動脈基部のセッションは活発な議論が交わされました。
オーラスにアカデミックランチというのがあり、欧米アジアの学会の重鎮と若手が研修をめぐって懇談する場でした。私はペンシルバニア大学のWoo先生のテーブルで、若い先生らと語らうことができました。
いつものことながら、こうした学会活動以上に、アジアや欧米の旧友や元弟子と再会を楽しめたこと、いつまでも協力して仕事に打ち込めることを、このうえなくありがたく、感謝した4日間でした。皆さんまた会える機会を楽しみにしております。会長の高本先生、お疲れ様でした。
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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