5月2日、3日にアメリカはニューヨークで開かれたMitral Conclaveという学会に行って参りました。いつものことながら、学会印象記は一般の方々にはわかりづらいと思いますので、こんな汗を流しているのだという程度に読み流して頂ければ幸いです。若い先生方には海外の学会の雰囲気を知ったり勉強のきっかけになればと思います。
この会はアメリカ胸部外科学会(略称AATS)という心臓血管外科では世界の頂点に立つ学会が、僧帽弁手術にテコ入れするために2年前から始めた会です。
さすがにAATSの分科会だけあって、僧帽弁手術については世界の権威のほとんどが参加し、勉強や情報交換の場としてこれ以上のものはないという印象です。実質的に僧帽弁手術のサミットのようになっています。
そのディレクターつまり日本でいう会長はニューヨークのDavid Adamsアダムズ先生で、プログラム委員会には畏友Michael Borger(ボーガー、ドイツのライプチヒ)、元AATS会長のIrving Kron(クローン、アメリカのシャーロットビル)、恩師でもあるD.Craig Miller(ミラー、アメリカのスタンフォード)、Tomislav Mihaljevic(ミハルジェビック、アメリカのクリーブランド)はじめ錚々たる顔ぶれです。いずれも何らかの機会にお世話になった方々でうれしいことです。
2年前の第一回のときにも参加し、ポスターで発表しましたが、今回は口演の機会を与えられ、少しレベルアップしたというところです。
僧帽弁手術の中心はなんといっても僧帽弁形成術で、これがさまざまな視点からじつに詳細に論じられました。
たとえばミックス手術(創が小さい手術)、再弁形成術、こどもの弁形成、手術のコツ、後尖の形成、前尖の形成、正しい手術適応、ロボット手術、などなどが一日目の午前中に論じられました。
分科会ではカテーテルによる僧帽弁クリップ手術(Mクリップ)のディベートを拝聴しました。Mクリップのもとになっているアルフィエリ法という手術は僧帽弁輪形成術とセットで行って初めて威力が発揮される(だからMクリップではダメ)というアルフィエリ先生のは、さすがにこの方法の本家本元のお言葉だけに大変重く、効きました。やはり逆流を本当に治すべきときには外科手術の僧帽弁形成術が必要であり、カテーテルを使うMクリップは手術できないときだけ、というのが現実のようです。アルフィエリ先生は以前からお世話になっている先生なのでお礼を言っておきました。
午後にも同じテーマの発表が続き、休憩をはさんで特別講演がありました。
僧帽弁手術の領域で歴史に残る功績のあった方が講演をされるセッションですが、第一回目は言わずと知れたパイオニア・フランスのカーパンチエ先生で、今回はニューヨークのRobert Frater(フレーター)先生でした。僧帽弁についての多大な業績のある先生ですが、ゴアテックス人工腱索を実用化にまで完成させられ、今日のハイレベルの僧帽弁形成術の礎を築かれた先生です。その講演のなかで私の仕事まで紹介して下さったのは驚きで光栄な限りでした。思えば多くの先達のご指導でここまでやって来れたとあらためて感謝のかたまりになっていました。
そのあと分科会で私はミックスのセッションに参加しました。日頃やっているポートアクセス手術がどういう位置づけにあるかを知るために参加しましたが、手術成績や創のきれいさではすでに良いところにつけており、これから装備を充実したく思いました。
2日目は早朝7:15から始まるというアメリカらしいスタートで、参加したい分科会はいくつもありましたが、そこは午後に発表するのと同じテーマである心不全への僧帽弁手術に参加しました。移植が多数できない日本ではこの領域の心臓手術が進化しているという印象をこれまで以上に持ちました。なんだか数年前に自分たちがやっていた苦労を今頃やってるよという印象でした。
それからもう一人の恩師であるTirone E. David(デービッド、カナダのトロント)が胸骨正中切開による僧帽弁形成術を、さらに畏友Borger(ボーガー、ドイツのライプチヒ)がポートアクセス法による僧帽弁形成術をディベート風に論じました。
ディベートということもあって、Borgerは若いだけにDavidや他の大物から散々批判されちょっと気の毒でしたが、多くの批判を跳ね返すことでポートアクセス法がより大きなものに成長する、良い機会とも思えました。狭い視野で行う手術が、僧帽弁形成術としての成績をいささかでも落とすことが無いように、というご意見に対して、堂々と、手術の質は落としたり妥協したりしていない、こう言えることが大切と思いました。
翌日、Borgerにポートアクセス法だからこそ僧帽弁形成術としての質が上がるポイントを言うべきだよと進言しておきました。しかし若いのに多数のベテランにひとりで対抗したのは立派でした。
そのあとも実用的なセッションが続き、失敗例の検討や虚血性僧帽弁閉鎖不全症、僧帽弁輪の石灰化(いわゆるMACと呼ばれる状態)、などで知識のまとめや経験の交換ができました。
そのあと機能性僧帽弁閉鎖不全症への弁下組織(腱索や乳頭筋など)の形成というセッションで発表しました。
私の方法が一番進んでいるため(というより昔使っていた方法を他の先生らが使っているため)、皆さんいろいろ質問くださり、セッションのあとまで使いたいから教えてくれなどと言って下さり、光栄なことでした。東京医科歯科大学の荒井先生の発表もあり、そのデータが私の方法を支持する内容のものであったため日本ではこうした手術がはやっているのかと聞いて下さる方もあり、盛り上がっていました。
Facebookにもお書きしたのですが、私の発表のときの座長のひとりが恩師Miller先生で、彼は鋭い科学の眼をもつ辛口批評で有名なひとですので、何を言われるかわからないという心配をしていました。しかし意外に好評で、「今日の発表を聴いて君がやっていることが理解できた。これからさらに進めるように」と言っていただき、ほっとしているというのが正直なところです。しかし彼の厳しい眼をパスしたというのはこれからはずみがつくのではないかと少々元気モードです。
そのあとも三尖弁形成術や心房細動など、いろいろ相談したい内容のものが並んでおり、最後まで退屈しない学会でした。
日本から術者レベルの先生方はもちろん、若手の先生方もけっこう参加しておられ、中には懐かしい方々も複数あり、こうした会をきっかけに大展開してほしいと思いました。自分が初めてアメリカの学会に発表に行ったとき(1986年大昔!)には、未知との遭遇という不安と希望の混じった、しかし熱くなれる素晴らしい機会だと思いましたが、もし若い先生の心に火が付けばうれしいことです。
一日目の夜、日本の先生方とカリフォルニア・サクラメントのFrank Slackman先生を囲んでの夕食会があり、Slackman先生がスタンフォードの先輩であることもあって、話がずいぶん進んで遅くまで遊び過ぎました。川崎医大の種本先生、大分医大の宮本先生、東京女子医大の津久井先生はじめ数名の先生方に申し訳なく思っていますが、若い先生方を激励した内容が受けたのか、何度もお礼を言っていただき、こちらこそありがたく思っています。Slackman先生が翌日、お礼のメールを下さり、はしゃぎ過ぎて無礼にまではなっていなかったようで安堵しました。写真では偉そうに真ん中に立っていますが、これはやや端にならぶつもりがたまたまこうなっただけで、やはりちょっと酔っ払い気味だったようです。
2日目の夕方はニューヨークの大渋滞の中を何とか空港に間に合い、そこから恩師Miller先生やクリーブランドで昔お世話になったGillinov先生らとゆっくり話しながら次の目的地ミネアポリスへと向かえてラッキーでした。
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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