10年。

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いつの間にか長い時間が経ちましたが、まだ昨日の事のように覚えています。当時はまだ珍しかった、そして未知の部分が多かった左室形成術という手術を行った患者Mさんのことです。

本日日本胸部外科学会という心臓外科や肺・食道外科のトップ学会の分科会として仙台にて開催された重症心不全研究会で、ベストシナリオの症例ということで当番世話人の斎木東北大学教授のご厚意にてMさんの手術治療を紹介させて戴きました。

Mさんは10年前、私がまだ京都大学病院で勤務していたころに緊急入院して来られた患者さんです。以前の心筋梗塞のため心臓が年々悪化し、健康なときの4分の1のちからまで落ち、心不全のため近くの病院に入院退院を繰り返すまでになっておられました。しかもいのちにかかわる不整脈が出たり、左室の中に血栓の塊までできて、これがもし脳に流れれば即死する恐れさえある状態でした。

ただちに皆で治療方針を立て、準緊急手術で救命することになりました。たまたまそのころに朝日テレビの記者さんたちが私の取材に来ておられ、是非そうした患者救命の最前線を紹介したいと依頼されました。Mさんの手術は当時、というより10年経った今でも他より危険性が高い大手術で、それを報道陣の前で行うことは、何か不幸な結果がでれば私も引責辞任の事態さえ考えられる状況でした。

しかし患者さんがいのちを賭けた闘いに敢然と挑もうというときに、私もこの手術を確信もって行い、かつこの左室形成術という危険性はあっても患者さんにとって希望のひかりとなる手術を世の中に啓蒙する義務があると考え、手術も取材も予定どおり進めることになりました。

この取材を報道した番組の録画はこちらを をご参照ください。

手術は当時としては最先端の、セーブ手術という左室形成術だけでは不足するため、Septal Reshaping(心室中隔形成)という方法を併用し、同時に僧帽弁形成術、冠動脈バイパス手術、両室ペーシングなどをすべて心臓を動かしたまま行うというものでした。
よくそんな目茶ができるねと当時友人に言われたものですが、極度に弱った心臓のため、普通の心臓手術のように一度心臓を止めてしまうと二度ともとのパワーが出せなくなることを恐れたからです。

我がチームの興亡この一戦にありという気持ちで臨んだかと言われれば、むしろ逆で絶対勝てると確信して臨んでいました。これまで幾多の勉強や研究、議論を尽くして来たのはこうした患者さんを助けるためであり、これだけ準備して来たのだからきっとできると確信していました。

手術はうまく行き、患者さんはまもなく元気に退院して行かれました。

その後、私が大学病院で政治的に困難に局面したときも他の患者さんたちとともに署名などを集めて支援して下さいました。心臓外科医の苦労を知らず、ただ仕事をしたくない人たちの側について私を批判していた人たちが生涯知ることができない、熱い患者さんたちの心からの支援を何よりうれしく思ったものです。

その後、患者さんの会で定期的にお元気なお姿を見せていただき、いつもうれしく思ったものです。そのMさんの手術から10年が経ち、かかりつけの病院の先生(枚方市民病院の中島伯先生、ありがとうございます)が10年後のデータを送って下さいました。かつて正常の4分の1まで弱っていた心臓は何と正常レベルにまで復活していました。自分たちの努力がこういう眼に見える形で報われたこと、そして左室形成術という手術が条件を考えてしっかり行えば奇跡を起こすことも示されました。

重症心不全研究会は、左室形成術が患者さんに真に役立つことを科学的データをもって世界に発信し、まだまだ理解されていないこの術式を世界に役立ててもらおうという主旨で、松居喜郎北大教授や須磨久善先生はじめ日本の左室形成術のエキスパートが集まり造られた研究会です。私も及ばずながら手伝いさせて戴いております。

こうした素晴らしい仲間のまえで、忘れられない患者さんをご紹介できたのは望外の喜びでした。しかも私は翌日所用が奈良であり終電に間に合わせるために早退する必要から、我が弟子・増山慎二先生に発表して戴きました。立派な発表を最後まで聴くことができ、友人たちから温かいコメントも戴き、頑張ってくれた患者さんや当時のチームを想い出しながら帰途につきました。私は患者さんに生かされていると、ありがたく思った一日でした。

平成25年10月18日

米田正始 拝

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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