この11月3-4日に三重県伊賀市で開催された第三回伊賀塾に参加して参りました。
この会は医療や医学の在り方を医師や看護師など医療者、市民、研究者、行政、企業などの多彩な顔ぶれで徹底して論じ学ぶ場として昨年からスタートしたものと聞いています。
心臓外科の大先輩であり、これまで雑誌の編集や学会などでいつもお世話になった小柳仁先生(東京女子医大名誉教授)が塾長を務められる会です。
すでに第三回目を数えます。私はこれまで他の用事のため参加したくてもできなかったのですが、今回ようやくスケジュール合わせができて、初めて参加できました。
参加してみてまず思ったことは、これまで自分が参加して来た学会や研究会とは違う、より包括的、人間的、哲学的な流れがあり、大変勉強になるということです。医学医療にも人生経験にも役立つと言えましょう。
そしてその授業が崇廣堂という、江戸時代の藤堂藩の由緒ある藩校で行われたことも特筆すべきと思います。300年の歴史がある建物で、昔と変わらぬ情熱で勉強していること自体が新鮮と感じました。
一日目には、まずカルビー株式会社社長の松本晃先生がNPO法人・日本から外科医がいなくなることを憂い行動する会の代表として「日本から外科医がいなくなる日」をテーマに講演されました。
もと医療産業で豊かな経験をお持ちの松本先生ですので、深い洞察を感じるお話しでした。私、米田正始もご指名にて発言をさせて頂きました。外科をやりたいという若者はまだまだ多数いるが、日本独自の構造的問題のためにそれが阻まれていることをコメントしました。医療そのものの改革が必要と思うのですが、同時に外科の保険点数を上げるだけでも有効とお伝えしました。
大阪大学名誉教授の川島康生先生が締めのコメントをされました。新入の学生に対して、お金や楽しい生活を求める学生を大阪大学は求めてはいないことを毎年話するということで、わたしはこれぞ大学人とくに医学部魂の真髄と膝を叩きました。
ついで京都大学名誉教授の光山正雄先生が「医学研究と医療はこれからの医にどうかかわれるのか」という大きなテーマでお話しをされました。
光山先生はかつて京大にて大変お世話になった先生で、昔と変わらぬ聴く耳をもった深い洞察にもとづくお話しで感嘆しました。研究の重要性には疑いないと確信するのですが、臨床に直結しないケースもあり、それは研究も臨床もコラボレーションもそれぞれ積極的に進めながら良い形を追求すればよいと思っています。総花的ですが研究者の思いと臨床家の思いにはギャップがあり、そのギャップを埋める楽しい場を造りながら待つというのも着実で良いと思います。
畏友津久井宏行先生(東京女子医大心臓外科)が指定討論をされました。補助循環がここまで来たこと、それに研究が大きな貢献をなしたことなど、あらためて心に響く内容がありました。
ブレークのあと、聖路加看護大学学長の井部俊子先生が「看護師たちの慢性的な疲弊ー夜勤・交代制勤務の改革」についてお話しされました。
この問題は看護師さんだけでなく医療を守るための重要なもので、今後身体に無理のないシステムを早く構築すべきと痛感しました。たとえば準夜勤なら1か月間準夜勤すれば体調もなじみやすいと昔から提案して来たのですが、こうしたことがようやく真面目に議論されるようになったのは大慶です。 井部先生は論客ですが、独特のユーモア、ときにひとをドキッとさせるブラックユーモアが出て興味深く勉強させて戴きました。
国立病院機構大阪医療センターの渡津千代子先生が指定討論されました。私は若手医師の教育に比べてナースの教育は難しいことをコメントさせて戴きました。というのは、若手医師には頑張って実力をつければそれを発表する場もあり将来がいくらでも拓けるチャンスがある、いわば高校球児に「目指せ甲子園!」という明快な目標を示して楽しい汗を流せるのと同様の仕組みがいちおうある。しかしナースにはその甲子園というほどのものがない、何とかそうした楽しい仕組みができませんか、と投げかけました。市立奈良病院の看護部長さんがお答えくださり、専門ナース、認定ナースの制度ができつつあり、雰囲気が変わって来ましたとのことで、うれしいことです。私たちなりにそうした空気を盛り上げたく思いました。
最後に塾長の小柳仁先生が「グローバルスタンダードから40年遅れた日本の臓器移植ーここから何を学び、患者をどう守るのかー」というお話をされました。
小柳先生の移植へのご貢献は存じていましたが、これほど熱い情熱をもって取り組んでおられたことを知り、感嘆これ久しくしました。とくに患者さんへの愛情を素晴らしく思いました。さらに小柳先生は人と心の交流をもつための「言葉」、普通のコミュニケーションを超えるものを大切にしておられることを実感しました。さっそく戴いてこれから身に付けたく思いました。
指定討論は市立札幌病院救命救急センターの鹿野恒先生がされました。これほどこころのこもったケアを脳死の患者さんに対してできるのかと私は感動いたしました。さらに脳死云々だけでなく、脳死を防ぐ、つまり救命で立派な成績を出しておられるのには再度感心しました。
その夜のナイトセッションでは皆賑やかに飲んで食べて語り合えたこと、楽しいひと時でした。伊賀忍者と甲賀忍者はもともと親しい関係で、その後ライバル関係になったのは伊賀が徳川方に、甲賀は豊臣方についたからというお話しは忍者に興味のある私には面白いものでした。手裏剣はこれまで6連発ほどで投げるものと勘違いしていましたが、実際には毒を塗って一発必中で至近距離で投げるそうです。
その夜はサイエンスBarという面白そうなセッションがあったのですが、日本シリーズ第7戦の真っ最中のため、私は失礼してテレビの前におりました。
2日目も貴重なお話しが続きました。
名古屋大学の杉浦伸一先生は「尊敬されるが、必ずしも好かれるとは限らない壁」という、痛いところを突いたお話しをされました。無意識の敵をできるだけ造らないというお考えにはうなづけるものがありました。また安定を求めるリーダーには、理解できないことを一緒にする勇気がないというのも、実例を思いだしなるほどと感心しました。こういう人たちがこの国の活力を下げているとあらためて思いました。ともあれいろいろ参考になるお話しで、尊敬されなくても良いから、好かれるようにしてみようと思いました。
ノンフィクション作家の後藤正治先生は奇蹟の画家をめぐってというテーマで石井一男さんのお話しをされました。情熱大陸で放映されたこの画家の絵を皆さんがどう感じておられるかを調べてその核心に迫られたものです。たしかに石井さんの絵を見ていると、なぜか心惹かれるものがあり、そこに温かさのような安心感のようなものを感じます。石井さんの生活態度は煩悩を離脱した、高い精神の世界と思いました。さっそくこの本を注文しました。
この伊賀塾が開催された崇廣堂ではトイレが少なく、コーヒーブレイク時には隣の小学校のトイレまで行くという、なかなか昔風の状態があり、それがこの歴史的建造物の中で勉強しているという喜びをより強く持たせてくれるものがありました。夏には講堂に氷柱をおいて皆汗を流しながら勉強するというお話しもどこか新鮮で、そこから何を感じ取れるか少々興味があるところです。
伊賀市上野総合市民病院の三木誓雄先生は怒るということ、怒らないということというテーマでお話しをされました。叱るが怒らないというのはレベルの高い教育者の叱り方であるというお考えに賛同しきりでした。三木先生はこの上野総合病院の活性化・改革に取り組まれ、3年で成果が見えてきたようで、とくに現場・ナースが創る緩和ケア病棟というのはコメディカルがこれから医療現場で主人公となり得る意欲的な試みと感嘆いたしました。医師もコメディカルも患者を守る砦でありお互い病院の主人公の誇りをもって一緒に進める仕組みが理想的と思いました。三木先生は肝移植の実績の豊富なスペシャリストですが、これから地域の星になって頂ければと思いました。ご本人はそろそろ裏方に隠れて貢献したいとおっしゃっていましたが、まだ佳境はこれからです。
現場といえばこの10月にオープンした高の原中央病院かんさいハートセンターでもコメディカルの進歩成長が日々感じられ、楽しみが増えています。彼らにもっと主体的に活躍して頂こうと思いました。
こうした、平素何となく考えたり悩んだりしていることを、各界の実力派の方々から解説や問題提議をしていただけた伊賀塾は、マンネリ化していた私の頭に鮮烈な刺激になりました。これからこうした場にまた参加して今後の糧にしたく思いました。
こうした場をご紹介下さった小柳先生や企画をされた三木先生、伊賀市役所の皆さん、協力者の皆さんに厚く御礼申し上げます。来年もまたよろしくお願い申し上げます。
平成25年11月6日
米田正始 拝
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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