このアジアを代表する心臓弁膜症のシンポジウムに参加して参りました。弁膜症の患者さんたちや、心臓外科を学んでいる若い先生方の参考になればと印象記をお書きします。
この会は世界的に有名なロッキーマウンテン弁膜症シンポジウムのアジア版として10年以上まえに誕生しました。2年に一度、アジアのどこかで開催され、発展してきたものです。
私はひょんなご縁で第3回から講師として参加し、毎回成果をご披露して来ました。
欧米の友人たちとはまた違う、何か親戚のような親しみをアジアの友人たちに覚え、アジアの中で日本ができる貢献を考える場としても有難く、参加して来ました。
今回の第7回シンポはあの世界遺産・アンコールワットを擁するカンボジアで開催されました。以前からカンボジアを推薦して来た私にとっては一段とうれしい会になりました。私がアンコールワットの存在を知ったのは中学時代だったと思いますが、心に強く残るものがありました。栄華を極めたクメール王朝の文化、滅び行く美しいものに是非残って欲しいなどと思ったものです。あの激しかったベトナム戦争がカンボジアに飛び火し人命が失われることのつぎにこのアンコールワットの破壊を心配したものです。
ともあれシンポジウムではアジアや欧米の仲間とともに真面目に勉強にいそしみました。
始めにこのシンポのルーツであるロッキーマウンテンシンポの立役者、Carlos Duran先生の後継者であるMatt Maxwell先生が弁膜症のパイオニアの話をされました。
Duran先生や大御所Carpenter先生はもちろんその土台を創られた先生方を紹介し、偉大な先駆者に共通した点を挙げられました。とくに若い先生方の参考になれば幸いです。
1. Generous teacher & good students 優しい指導者かつ態度の良い学生であれ
2. Strict, skeptical scientists 厳密で懐疑的(何でも疑う)な科学者であれ
3. collaboration with engineers and technitians 技師や技術者と協力せよ
4. longitudital follow-up; clinical & structual 臨床と弁構造のフォローアップを
5. Impassioned & dedicated あふれる情熱と没頭を
これだけそろえば偉くならないほうが不思議です。幾多の困難を乗り越えて来られた先人たちの想いと努力を今一度思いだす機会になりました。
ついで人工弁や僧帽弁形成術用のリングの使い分けを数名の先生方が解説されました。インド・ムンバイ(旧ボンベイ)のPandy先生は僧帽弁形成術の今日的意義と、僧帽弁置換術では将来の再手術を念頭におかねばならないということを、ハノイのSon先生は機械弁の話をされましたが、それ以上に旧北ベトナムも発展していることを知りうれしく思いました。香港の友人Song先生は僧帽弁形成術リングの使い分けをきれいに整理され、参考になりました。
夜の歓迎パーティでは州知事さんが参加され(写真右)、アジアでは相変わらず心臓外科が社会から大切にされていることを感じました。
弁膜症シンポジウムの2日目は僧帽弁形成術を論じました。
マレーシアIJNのChian先生はエコーの最近の成果と実際を解説され、よいまとめになりました。負荷エコーの有用性をとくに機能性MRなどで示されました。
畏友Calafiore先生(イタリア、現在はサウジアラビア)は僧帽弁形成術の新しい工夫を発表され、私も共感するところがありました。あとで一緒に共同研究しようということで前向きに検討することになりました。お互いいくつになっても新しい優れたものを追求できるというのは幸せなことと思いました。
オーストラリア・ブリスベンのFayers先生はARでの機能性MRや、それへの僧帽弁形成術の際に機能性MSが起こること、さらにMクリップなどの解説をされました。あとで私が同じ領域の現況をお話ししたときに、そんな方法があるとは知らなかった、やってみたいと言って下さり、うれしいことでした。
ベトナムの畏友Phan先生はCarpentier先生の弟子で、すでに世界一のリウマチ性僧帽弁膜症の弁形成の経験をお持ちです。今回はリウマチ性僧帽弁膜症のうちどういうケースがより難しいか、どういうケースが確実に形成できるか、をきれいに整理して話されました。
不肖私はゴアテックスをもちいる僧帽弁形成術というテーマで、1.ポートアクセス法での複雑僧帽弁形成術でゴアテックス人工腱索を多数立てる方法をご披露し、さらに2.機能性MRで重症例を低い侵襲で救う工夫を発表しました。
シンポジウムの時も、そのあともいろんな方々から、そんな方法があったんですか、私もやってみたい、とか細かいテクニカルな点をご質問いただき、関心を持っていただきうれしく思いました。(右写真、左からGersak先生、私、Maxwell先生、Saw先生です)
オーストラリア・ブリスベンの大先輩Gardner先生は僧帽弁形成術の際におこり得るSAM (僧帽弁前尖が前方にめくれあがること)のメカニズムや対処法をお話しされました。
マレーシアのChian先生は話題のMクリップ(カテーテルでアルフィエリ型の僧帽弁形成術を行う)を報告されました。最近の一部の報告で機能性僧帽弁閉鎖不全症にこのMクリップが良いというのがありましたが、クアラルンプールのIJNという有力施設の経験ではテント化が11mmを超える症例や逸脱が強い症例にもこのクリップは不適ということでした。正直な発表でさすがと感心しました。
引き続いて三尖弁閉鎖不全症のセッションがありました。Calafiore先生は左室駆出率が40%を割る症例では右室拡張が起こりやすくそうなると三尖弁形成術の効果が落ちる、そうなるまでに手術するのが良いとのことで、重要なメッセージと思いました。
私などはそうしたタイミングを逃した患者さんの三尖弁手術をけっこう多数やっており、いざとなれば将来のTAVI(カテーテルで入れる生体弁です)を意識した三尖弁置換術を行うことがありますが、そのTAVIでのvalve-in-valveを三尖弁でうまくやれるということをCalafiore先生から直接聞き、うれしく思いました。今後多数の患者さんたちがこの恩恵を受けることでしょう。
神戸の岡田先生は日本弁膜症学会の重鎮で三尖弁形成術をまとめられました。心房細動、肺高血圧症、右室不全のケースでは小さ目のリングをというメッセージは役に立つと思いました。
午後の心房細動のセッションでも活発な議論が交わされました。心房細動の期間の長さと左房サイズ(60mm以上)が重要であるということが大分認識されるようになり、かつ心房細動を治すことが患者さんの寿命を延ばすために大切であることが浸透するようになりました。10年近くまえから心房縮小メイズ手術でこの課題を克服して来た私たちとしてはより多くのひとたちにこの方法を知って頂けたらと思いました。
翌日は恒例の「遠足」で、参加者の親睦のため全員でアンコールワットに行ってきました。
ベトナム戦争のときのカンボジア内紛で人命とともにアンコールワットが破壊されることを懸念されたものですが、何とか無事に残っていて、よくぞ生き延びてくれたという気持ちになりました。もちろん世界遺産であり、アジア人の英知や文化を示すもので、皆さんこれからも機会をみつけて訪れて下さいとFacebookでお願いしてしまいました。
というのはあちこちで破損がひどく、とくにこの地域の特徴でしょうか、木の根っこが建物の隙間に入り込み、そのまま木が成長して建物を根底から破壊するという現象が見られ、大掛かりな保存策が必要な状態と知ったからです(右写真)。
なおこの遠足のときに会場では若い先生らがウェットラボで手術練習をしておられました。これまで何回かその指導を楽しくやらせて戴きましたが、今回はアンコールワットに執着があり、ウェットラボはパスさせて戴きました。
シンポジウムの最終日も充実していました。
大動脈弁手術のセッションではサウジのAlShahid先生が手術の最適タイミングを論じられました。とくに大動脈弁置換術は現代の心臓手術の中では一番簡単な手術という位置づけにありますが、そのタイミングが遅れすぎた患者さんのリスクは高く、まだまだ内科も含めた検討や啓蒙活動が必要と感じました。やはり治せる病気でいのちを失ってはいけないと思いました。
同じくサウジアラビアのAl Halees先生は大動脈弁形成術の解説をされました。この大動脈弁形成術はまだ進歩しつつある領域で、その分未知のこともあり、力が入ったと思います。大動脈弁尖を心膜や特殊な材料で延長するcusp extension弁尖延長の成果を示されました。これと尾崎先生の弁尖置換の両方をやっている私としてはそれらの使い分け、どの場合にどちらが良いか、とくに長期的な安定はどうか、などに関心があり、議論させて戴きました。
中国武漢(ウーハン)心臓病院のLiang先生は心膜で大動脈弁再建を多数やっておられ、二尖弁や4尖弁の形成も努力しておられ、参考になりました。ここでも自己心膜よりウシ心膜が良いとの意見で、これから何が本当にベストかをしっかり検証したく思いました。
ひきつづいて行われたTAVIのセッションでは最近聞き飽きた感のある話もありましたが、オランダのAmrane先生は経上行大動脈のTAVIを報告されました。外科医が腕を振るえる治療のひとつで、うまくやれば患者さんにとって大きな光になるものと思いました。何しろ、動脈硬化の強い大腿動脈や弓部大動脈などを回避し、かつ心尖部のやや弱い組織も使わずにすむわけですから、これからが楽しみです。
それからMICSのセッションがありました。ポートアクセスで手術をやっている心臓外科医はこの熱心な参加者の中でも半分ぐらいで、まだ課題があることを窺わせました。
シンガポールのKofidis先生は視野を良くする工夫を含めた経験を紹介されました。スロベニアの畏友Gersak先生はより進んだポートアクセス手術を紹介され、私などはやってみたいと思いましたが、大方の印象はおたく過ぎて真似できないという感じでした。
しかし最近話題のsutureless valveつまりTAVIの良さを導入して、全部を糸で縫い付けるのではなく、大半は弁を広げて圧着固定する方法とポートアクセス法との組み合わせでの手術は今後の展開が期待できると思いました。
マレーシアの畏友Dillon先生はクアラルンプールでの多数の経験を紹介されました。以前に名古屋ハートセンターでポートアクセスを立ち上げたときに大いに参考にさせて頂いた方法で、じつはスタンフォードでハートポートを初めて成功したチームにYakub先生(マレーシアIJNのチーフ)がおられ、そこからの流れで、いわば昔からの同門みたいな親近感があり、楽しく聴くことができました。
Muluシンポジウムのオーラスの講演はCalafiore先生がされました。
大変重要な講演でした。というのは最近話題のM Clipの研究発表が非常におかしい、という刺激的内容だったからです。世界のトップジャーナルのひとつであるNew England Journal of Medicineに掲載されたM clipの論文で、2単位以上の輸血が大きな合併症と位置付けられ、予後に影響する多量の遺残逆流を小さい合併症と位置付けられたこの研究はおかしいというわけで、一同なるほどと思いました。輸血はゼロが望ましく、私たちもできるだけゼロへの努力をしていますが、実際に2単位で肝炎になる確率は5万分の1もなく、患者さんへの迷惑はないといっても過言ではありません。それよりは僧帽弁閉鎖不全症を残すことのほうが大きな問題でしょう。
しかしそうした理不尽な論文が新しいデバイスを用いた研究ではちょくちょく見られるのです。これは企業の経済的圧力に屈したと言われてもしかたがないことです。
近年、そうしたことが看過できなくなったのでしょう、企業などから謝礼や寄付金を受けている研究者は、そのつどそれを公表することが義務付けられていますが、これをもっと強化する必要があると思いました。
それと結果やデータと、論文の結論に差があるという現象も大問題です。これは日本のPCIつまりカテーテルでの冠動脈ステント治療の研究でも指摘されたことですが、外科の冠動脈バイパス手術の患者さんのほうが長生きできている、そうした結果がでているのに、論文の結論にはそれが書いてない、ステントもまあまあ良いというお茶を濁した記載になっている論文があるのです。これからもっと正しい記載、正しい論文を皆でチェックし創り上げる必要があると感じました。
それやこれやで大いに学び、楽しんだ4日間でした。夜はGersak先生らと一緒に空港まで行き、再会を誓って(ちょっと大げさ)それぞれ帰途につきました。
この機会を戴いたSaw先生と支援し留守を守って下さった高の原中央病院の斉藤先生、増山先生、小澤先生ほかスタッフの諸君に感謝申し上げます。
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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