最終更新日 2025年1月1日
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◾️Mクリップとは?
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これは僧帽弁形成術用のクリップです。心臓カテーテルの先端に取り付けて、前尖と後尖をこのクリップでうまく挟み込めば弁の逆流が減るというものです。カテーテルでできる僧帽弁形成術として注目されています。以下もう少しご説明します。
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◾️Mクリップのルーツはアルフィエリ法
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僧帽弁は前尖と後尖が開いたり閉じたりして血液を前向きに流し、逆流を止めるようにできていますが、前尖か後尖のどちらかまたは両方が閉じなくなれば逆流が発生します。
その修理法として心臓手術ではさまざまな方法がありますが、そのひとつに前尖と後尖をつなぎ合わせて逆流を減らすAlfieri法(アルフィエリ法)というのがあります。
イタリアのAlfieri先生が考案された方法で、私も時に活用させて戴いています。Alfieri先生が大変親切で立派な先生ということもあり私はこの方法の良い点を伸ばしていければと考えています。
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しかしこの方法は前尖と後尖をつなぐため、どうしても弁の開き具合は低下し、状況によっては弁が狭くなる、いわゆる僧帽弁狭窄症になる恐れがあります。たとえば弁がある程度以上硬いとか、弁輪が小さいとか、患者さんが運動するときなどですね。
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◾️アルフィエリ法の限界はMクリップの限界
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Mクリップはこのアルフィエリ法を縫合糸ではなくクリップで行うもので、そのクリップはカテーテルで心臓まで運びます。通常下腿などの静脈から右房そして心房中隔を突き破って僧帽弁に達して行います。
私のアルフィエリ法の経験では、僧帽弁閉鎖不全症はアルフィエリでそう簡単に治せない、単に逆流の口を潰すだけでは他のところから逆流が発生して根治できないと思います。
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なのでこの方法は他の形成法をさまざま駆使してなお逆流が残りそうな場合の救命手段と位置付けています。
良い結果が出ても通常の修復と比べてあまり長持ちしない傾向が報告されています。特に弁輪形成を併用しない場合の効果は弱いことが知られています。多くの経験ある心臓外科医も同様の見解の方が多いです。
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つまりMクリップはあまり効かない、ましてカテーテル+エコー+レントゲンの透視という肉眼と比べてあまり見えない方法ではどうしてもめくら打ちになるため一層不確実と思います。
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◾️しかしMクリップにも長所が
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しかし同時に、Mクリップはカテーテルで行うため、胸を切る必要もなく、人工心肺も要りません。体の負担は心臓手術よりもはるかに小さいため、うまく対象を選びうまく使えば患者さんに益するものになるかも知れません。とくに手術が無理と言われるような高齢者や病気持ち、重症の方々には朗報になるかも知れません。
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そうした中で欧米で行われた最初の大規模臨床試験が次のエベレストIIトライアルでした。
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◾️EVEREST II トライアル
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中等度から高度の僧帽弁閉鎖不全症を持っている279人の患者さんをMクリップと僧帽弁形成術の2つに分けて治療した。
治療の主目的は死亡の回避率、その後の僧帽弁手術の回避率、そして12か月後の3度ー4度の僧帽弁閉鎖不全症からの回避率でした。安全の目標は治療後30日以内の合併症でした。その結果、
Mクリップでは12か月後の効果は僧帽弁形成術より劣る(55%対73%)。
死亡率はどちらも6%ほどで差が無い。
12か月後の遺残MRが中等度以上になるのはMクリップでは46%もあるが僧帽弁形成術では17%にとどまった。
治療12か月後、症状の改善、生活の質QOL、左室のサイズはどちらの群でも術前より改善していた
治療30日後の主な合併症は15%対48%でMクリップの方が少なかった。
治療4年後のフォローアップでMクリップは僧帽弁形成術より効果が低かった(40%対53%)が、死亡率は17%対18%で差はなかった。高度なMRは22%対25%で差がなかった。
すなわち、Mクリップは僧帽弁閉鎖不全症を治す効果ではやや劣るものであった。
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◾️EVEREST IIトライアルの問題点
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このように当時としては有望な結果を出した EVEREST IIトライアルのMクリップでしたが、いくつか不満があります。
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たとえば合併症で2単位以上の輸血があればメジャーな合併症とカウントされているのは、現代の輸血事情(一本の輸血で肝炎に感染する確率は10数万分の1)から本当にメジャーな合併症と言えるのかという疑問、
そして3度以上の残存MRが大変多く、これは生命予後に大きく影響するのにMクリップの患者はその後心臓手術を受けたおかげで死亡していないのは不公平な比較ではないか、
僧帽弁形成術群の16%が手術を受けていないのにカウントされている(つまり僧帽弁形成術群の成績は本当はもっと良い)、などなどです。
そもそもここで言う僧帽弁形成術とは単純な弁輪形成術という、私たちの方法より明らかに劣った方法で、外科に不利な条件での臨床試験と言えますし。
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◼️COAPTトライアルとMITRA-FRトライアル
2018-2019年にかけてMクリップの臨床試験の新たなデータが発表されました。
ひとつはアメリカを中心としたCOAPT、もう一つはヨーロッパを中心としたMITRA-FRでした。
COAPT試験の主要な成績:
- 2年目の心不全による入院率は、薬物療法のみと比較して、MitraClipと薬物療法の併用では統計学的有意な減少が認められた(1年あたり67.9% vs 35.8%; p<0.001)。
- 2年目の全死因死亡率は、対照群の46.1%と比較して、MitraClip群では29.1%と低率であった(p<0.001)。
- 1年目の機器関連合併症回避率は96.6%であり、主要安全性エンドポイントの性能目標を上回った(p<0.001)。
- MR重症度およびNYHA心機能クラスの有意な改善がMitraClip群で認められた。1年目のMR重症度が2+未満の患者割合はMitraClip群で94.8%、対照群で46.9%であった(p<0.001)。1年目のNYHA心機能クラスがIまたはIIの患者割合はMitraClip群で72.2%、対照群で49.6%であった(p<0.001)。
- 1年目のKCCQ質問票によるQOLスコアに基づく患者が自覚する健康状態および機能的能力が、MitraClip群において大幅に改善した。
- MitraClipによる治療の結果、死亡あるいは心不全による初回入院率の複合イベント発生率が43.0%減少した。
MITRA-FR試験の主要な成績
- 総死亡と心不全入院率はMitraClip群で63.8%、対照群で65.45%で有意差はなかった
- 総死亡ではMitraClip群で23.1%、対照群で22.8%で有意差なし
- 心臓死はMitraClip群で20.5%、対照群で21.2%と有意差なし
- 心不全入院率はMitralClip群55.9%、対照群62.3%、HR0.97で有意差なし
- MACEではMitralClip群66.4%、対照群65.4%でHR1.05有意差なし
このように2つの大きな臨床試験でMitraClipの効果の有無が真っ二つに割れるという結果でした。
内容を吟味すると、MitraClipの患者さんたちは1。比較的MRが軽く、2。左室機能は良い、より軽症例であったことがわかりました。MitraClipの患者さんのうち、比較的MRが重く左室機能が悪いケースで調べてみるとMITRA-FRと同じ結果つまりMクリップの効果はない、という結果が出ました。この2つの臨床試験の結果は食い違ってはいなかったのです。
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◾️正しい評価で正しい治療法を!
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最新の大規模臨床試験の結果から、機能性僧帽弁閉鎖不全症の治療では弁逆流が強く心機能が比較的保たれている軽症例(というより普通の弁膜症に近いケース)にはMitraClipが、その一方、心機能が悪い患者さんではMitraClip以外の治療法を考えるのが良さそうです.
こうしたことから私たちが進めてきた外科治療はMitraClipに適しない患者さんやMitraClipでうまく行かなかった患者さんたちのお役に立てる可能性があると言えるでしょう。
しかし循環器内科の先生方のディスカッションをお聴きしていると、COAPTとMITRA-FRの結果の差は前者が循環器専門医がしっかりと管理をし、後者はGP(一般医)がラフに管理をしたため、と言われます。話が歪められているのを感じます。Mクリップの2大トライアルの結果の差異に対する見解が内科と外科でこれほど違うのであれば、今後の機能性MRに対する治療での議論の余地がほとんどないことを感じます。つまり重症の機能性MRに対してMクリップを優先的に使い、その結果が悪くても仕方がない、と片付けられてしまうのが今後も続くということでしょうか。
しかもCOAPTトライアルには、より軽症の心房性機能性MRが含まれていることが2024年に発覚しました。これではMクリップの成績が悪くないというのもうなづける話で、真実が解明されるのを祈っています。加えてこのトライアルのスポンサーはアボット社(Mクリップを製造)でこれについても疑問が投げかけられています。
循環器内科の先生からのご意見を頂けましたら幸いです。
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◼️メモ: エリザベス・テイラーさんのお話: 20世紀を代表する大女優と言われるテイラーさんはこのMクリップの治療を受けておられました。残念ながらあまり長くは生きられませんでした。その紹介記事とコメントです。
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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