心筋梗塞後の心室中隔穿孔(略称VSP)は緊急手術を要する、きわめて重い病気です。
多くの場合、心臓手術しなければ、あるいはそのタイミングが遅れれば患者さんは死にいたります。何とかそれを避けねばなりません。
そこで私たちは患者さんが来院されると同時に、心臓と全身を守る治療を開始し、それと並行して素早く確定診断をつけて緊急手術へと進みます。
かつては比較的元気な左室に急性心筋梗塞が起こり、つづいて心室中隔穿孔が合併して緊急手術になった方が多かったのですが、最近はすでにうんと悪化した心臓に合併するというケースがみられるようになりました。まさに絶対絶命の状況です。
こうした患者さんをお助けすることに力をいれています。
患者さんは84歳男性です。
胸痛のため当院へ来院されました。
来院時、心エコーにて駆出率19%(正常は60%台ですから、19%は心移植に近いレベルです)と左室機能の極度の低下を認め、心尖部に瘤つまりこぶのような広がりがあり、以前に心筋梗塞を患われた跡がみられました。
つまり梗塞で左室の一部が死んでしまい、それが圧に負けて次第にこぶのように大きくなってしまったわけです。左室全体のちからも落ちて、いわゆる虚血性心筋症という重症の状態です。
血圧が十分にはでないショック状態のため、集中治療室ICUで強心剤の点滴を受けつつ、カテーテル検査に臨みました。
その結果、左冠動脈前下降枝が100%閉塞し、回旋枝も90%狭窄となっていました。そこでこれらの枝にカテーテル治療PCIでステントを留置し、改善を見ました。循環器内科の先生方のご努力に感謝です。
ところがその3日後、突然状態が悪化し、心エコーにて心室中隔穿孔が認められました。つまり心室中隔に穴が開いたわけです。
その穴を通って左室の血液が右室へと流れ込み、心不全と肺の強いうっ血が起こり危険な状態でした。
そこでただちにIABPという心臓補助のバルン(ふうせん)で状態を維持しつつ、まもなく緊急手術へと進みました。
体外循環(人工の心肺です)・心拍動下に観察しますと左室前壁は心尖部から左室基部側2/3まで広い範囲にやられて薄くなっていました。
これを切開して左心室の中に入りました。
すでに壊れたところを切るため、心臓や患者さんへの影響はありません。
左室内を観察しますと、心室中隔と左室前壁が広い範囲にわたって薄くなり、その根っこがわ近くに直径6mmの穴が開いており(これが心室中隔穿孔VSPです)、その周辺部組織も死んでいました。
右上図の矢印がVSPです。周囲の心筋が壊死してぐちゃぐちゃになっているため、良く見ないと分かりにくいものです。
そこでまずこのVSPをプレジェット付き糸で直接閉鎖しました。
左室の瘤化した部分を形成しないと術後心機能が危険なレベルのため、私たちが考案した一方向性Dor手術を行うことにしました。
この方法では左室の洋ナシ型形態を保ちつつ、必要な左室縮小ができるからです。
神が創られた形に戻す、これがいちばん自然で良い結果が期待できるのです。
左室の中で、心筋梗塞・瘢痕部と正常部の境目に 糸をかけ、おもに横方向にこの糸を引き、縫縮しました。
上図はその糸をかけているところです。
これできれいな形を取り戻すことができました。
右図はその糸をかけてくくった後の姿です。
上図とくらべて左室が細長い、自然な形にもどっているのが見えるでしょうか。
自然な形こそパワーを出しやすくする秘訣なのです。これはその後のいくつもの研究で証明されています。
そのうえで大きめのパッチを縫着し、パッチが良く膨らむようにしました。
これにより適正な左室容積が保てると判断したためです
左図はパッチをつけた後の姿をしめします。この時点ではまだわずかな圧しかかかっていませんが、すでにきれいに膨らみ、新しい左室の姿の一部を示しています。
体外循環を比較的少ない強心剤で無事離脱しました。
経食エコーでもVSPシャントつまり血液の漏れは消失していました。左室も適正な形と容積になり、動きも改善しました。
薬剤溶出ステントのための抗血小板剤プラビックスが3日前まで入っていたため、入念に止血を行いました。
術後経過は順調で、血行動態は改善し肺動脈圧も術前の50台から30台へ改善し、尿量も十分で術当夜には覚醒されたため抜管し、翌朝、一般病棟へ退室されました。
その後も経過が良く、術後2週間で元気に退院されました。
心臓手術から5年の時間が経ちます。すでに89歳におなりですがお元気に外来に定期健診に来られます。駆出率も38%にまで改善しておられます。
ご高齢だからといって、あるいは重症だからといって、内容を吟味せずに諦めるのは間違いと私は考えています。患者さんを比較的高い確率で救命でき、かつその後は楽しく暮らせる見込みが高ければ、頑張るべきと思います。
天皇陛下の冠動脈バイパス手術のあとで執刀医の天野先生が言われたのは、陛下がお元気で公務に復帰された時点で手術成功と言える、でした。このVSP患者さんの場合も同様で、本来の元気で楽しめる生活に戻ったところで成功だったと言えると思います。そしてその成功が5年以上維持できたとなれば、これは患者さんにとって極めて良い心臓手術になりましたと言っても支障ないと思います。
患者さんやご家族の頑張りに敬意を表するとともに、今後もお身体を大切に永く楽しく生きて頂きたく思います。
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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