忘れられない患者さんは多くおられますが、Aさんは残念で忘れられない方です。
70代で慢性腎不全のため血液透析を受けておられたAさんは大動脈弁狭窄症という心臓弁膜症を発症されました。
この病気は高齢者になると急に増える病気で、血液透析の方に起こりやすい傾向があります。
ともあれAさんはこの心臓弁膜症のため透析中も血圧が下がり危険な状態でした。
Aさんは早い時期から手術の必要性をご理解下さったのですが、ご家庭の事情ですぐ心臓手術には進めませんでした。
しかしようやく話がまとまり、手術日も決定してあとはその日を待つばかりとなりました。
入院日も近いある日、連絡があり、Aさんが突然死されたことを知りました。
入院までに仕事をかたづけておこうと思われたのでしょうか、Aさんはいつもの軽四で配達をやっておられたそうです。ところがカーブを曲がり切れずにガードレールに激突し近くの病院に搬送されたときにはすでに死亡しておられたというのです。
これまでこうした事故を起こしたこともないAさんが、突然ガードレールに激突するのは不可解なのでかかりつけの先生にお聞きしたところ、ブレーキ跡もないことから、まず失神発作を起こして、それから交通事故、死亡へとつながったのではないかとのことでした。
私はもっと強く厳しく手術を勧めれば良かったと思い愕然としました。手術死亡率はAさんの場合、せいぜい3%程度、それを考えるとオペしないほうがはるかに危険だったからです。
しかし心臓弁膜症の患者さんたちは症状がないか軽いときにはこのままでずっと生きていけると勘違いしがちです。
それをデータをもとに判りやすく説得力のある説明をすることが必要と痛感しました。
Aさんの死を無駄にしないように頑張りたく思います。
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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